第19章 徒花と羊の歩み✔
「依存とは違いますが、好きなのは本当なんです…一人よりも、誰かと飲む方が好きなのも、本当です。槇寿郎さんが一人で飲みたい時は邪魔をしません…そうじゃない時だけ、ご一緒できればと…」
「……」
「すみません」
やはり言えば言う程図々しい。
返答を聞く前に早々頭を下げる蛍の後頭部を、じっと槇寿郎の目が見下ろす。
和む空気で弾む会話ができる訳でもない。
なのに共に酒を酌み交わしたいと言う。
その意図ははっきりと理解できなかった。
ただ一つ、わかったことは。
(…味は、した)
いくら浴びるように飲み干しても、酒の味などしなかった。
蛍が綻ぶ笑顔で味がしたと告げた時、確かに槇寿郎の舌も同じものを味わえていた。
感じたことのない、独特の酸味を持つ海外の酒を。
「…それは、煉獄家(うち)に入りたいと。そういうことか?」
「そっ…うじゃない、とも言えません…」
再び反射で顔を上げた蛍が、横に振りかけた頸を止める。
「槇寿郎さんと一緒に晩酌をしたい気持ちは、別ですが……できるなら、その…私のことも、受け入れてもらいたいです…」
じっと見据える槇寿郎の視線から、逃れるように蛍の目線が下がる。
心に一本筋を通した女性──瑠火が槇寿郎にとって身近な異性だった。
八面玲瓏(はちめんれいろう)とも言えるような妻とは似ても似つかない。
杏寿郎が母の面影を追って蛍を選んだ訳ではないことは理解できたが、何故彼女を選んだのか。
疑問を口にする前に、その光を見た。
昼間に一度だけ垣間見た真っ直ぐな瞳は、悪鬼を滅する為と前を見続けていた杏寿郎とは違う光を灯していたのだ。
「正直だな」
「…すみません」
怯え戸惑いはするものの、己が退けない時、退いてはならない時を心得ているようだった。
だからと言ってただ我を貫いてくる訳ではない。
歩幅を合わせるかのように歩み寄ろうとする。
ぎこちなくも同じ目線に立とうとする。
一つ一つ、心を、声を、噛み締めて。
蛍のその思いは、確かに感じ取ることができた。