第19章 徒花と羊の歩み✔
「心をそこまで潰すのは、それだけ槇寿郎さんが…瑠火さんのことを、愛していたからでは、ないのでしょうか…その想いを曲げさせるようなこと、私には言えません」
だからと言って、杏寿郎のように相手の心の柔いところに優しく手を添え、掬い上げる術も自分は知らない。
「だから…落ちても、いいです。酒に溺れたいと言うなら、私がつき合います。槇寿郎さんの心を掬える方法は、わからないけど…いつか、答えを出せるまで。飲み過ぎるのは、やっぱり心配ですから。こうして傍にいられる時は、いさせて下さい」
どうにか絞り出した声は、緊張と自信の無さで萎んでいた。
「……」
「…ご…ご迷惑で、なければ…」
それでも槇寿郎の耳には届いたらしく、鋭い双眸が僅かに見開いている。
「……」
(うう…また沈黙!)
四度の沈黙。
杏寿郎ならば言葉のない時間も心地良いが、相手が槇寿郎となると雲泥の差がある。
図々しいことを言ってしまっただろうかと、緊張で指先を握りしめる。
「同情、ですか」
「! ち…違いますっ」
ようやく聞けた槇寿郎の応えに、反射の如く顔は上がっていた。
「私、お酒飲むの好きなんです!」
「……は?」
拳を握り力説する蛍の返答は、予想もしなかったのか。槇寿郎の目が点になる勢いでぽかんと見返す。
「それを飲んでいる間は、私が私でいられる時間なので…楽しいし、嬉しいんです」
我ながら可笑しな言い訳のようにも思えたが、それは全て蛍の本心だった。
人と同じものを味わえる時間は、何にも勝る大切なものだ。
「槇寿郎さんがもし嫌でなければ、私につき合ってくれませんか。い、いつもとは言いませんし。気が乗った時で構いませんので…私に、お酌、させて下さい」
「…酒依存ですか?」
「ち、違います…!」
槇寿郎の応えは尤もだ。
鬼でも飲めるものだから、とは言える訳もなく。
おろおろと両手を目の前で半端に揺らしながら、蛍はどう伝えるべきかと困り果てた。