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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 生易しい言葉など投げかけられない。
 それ程までに潰された槇寿郎の心は、その想い故にある。
 亡き最愛のひとへの、絶え間ない愛が心を潰し続けているのだ。


「俺は…貴女のように、愛する者へ手向けの酒など飲むことはできない。溺れることでしか此処にいることさえできないんだ」


 最愛のひとを失った。
 その絶望は蛍の心にも存在したものだ。


(…ごめん。杏寿郎)


 父を案じる杏寿郎の思いは、よく知っていた。
 いつかは自分達を見てくれるだろうと、望み続けていることも。
 それでも枯れた声を絞り出す槇寿郎を前にした時、蛍の目はそれしか映せなかった。


「…それは、いけないことですか」


 自分の行動が正しいかどうかなんてわからない。
 それが槇寿郎の為になるかどうかなんて、知る由もない。
 それでも、躓いた槇寿郎を正す道など。
 背け続ける顔を前を向かせることなど。
 蛍にはできなかった。


「お酒に溺れることは、いけないことなんですか」


 顔を覆っていた槇寿郎の手が退く。
 その目は不可解な色を宿して蛍を見た。


「私も最愛の姉を亡くしてから、ずっと…心は地に落ちていました。ようやくその心を拾えたのは、つい先程なんです。杏寿郎さんが、いてくれたから」

「……」

「ひとりじゃ駄目だったんです。立つことはできても、踏み出すことはできなかった。自分の愚行を嘆いて、罵って、悔いることしかできなかった」


 そんな自分を変えようとも思っていなかった。
 前に踏み出せたのは、杏寿郎の言葉や蛍自身の想いが折り重なった末の結果だった。


「ひとりじゃ歩けなかったんです」


 杏寿郎と出会えていなければ、拾えなかった心だ。


「それ程のひとを失ったんです…落ちることも、蹲ることも、誰に責められるんでしょうか」

「…肯定、するのか」

「それが良いことだとは言いません。でも、悪いことだとも、言えません」


 涙は流してなどいない。
 しかし泣いた跡のようにも見える、憔悴した槇寿郎の目の下の隈。
 一日中家の中にこもりそこまでやつれた姿は、どれだけ心を裂いたのか。

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