第19章 徒花と羊の歩み✔
「…杏寿郎さんと、飲まれたことは?」
「顔を合わせれば、少しは酒を控えろがあいつの第二声だ」
「蛍さんがいたから今回は違ったようだが」と続けて、ちびりとワインを味わう。
そもそも杏寿郎が成人を迎えたのは、鬼殺の日々にどっぷりと浸かっている頃だった。
二十歳を超えた杏寿郎と顔を合わせたのは今日が初めてだったのだ。
成人となったからこそ、人生を共にしたい女性を連れてきたのだろうか。
杏寿郎なりの覚悟に触れたような気がした。
「だがまさか酒の土産を持って帰ってくるとはな。とうとう愛想を尽かしたらしい」
「それは違います」
自嘲の笑みを浮かべる槇寿郎に、蛍は静かに頸を横に振った。
「杏寿郎さんは、槇寿郎さんがお酒を止められないことをわかっているから、せめて体になるべく負担のかからないものを、と。悪酔いしない為のお酒を選んでいました。愛想を尽かしたのなら、そんな気遣いなんて向けません」
蛍の言葉を呑み込めたのか否か。無表情にも近いもので、槇寿郎はじっと己の手元を見下ろす。
三度の沈黙。
それを破ったのは槇寿郎本人だった。
「…ご存知かもしれないが…私の妻は、病死しました」
初めて槇寿郎の口から、瑠火の存在を聞いた。
いつの間にか聞こえなくなっていた兄弟の笑い声。
微かに残暑を残す虫達の細やかな歌声。
周りの気配を掻き消す程に、蛍の意識が目の前の男へと集中する。
「自分の無能さに打ちひしがれている時に、最愛のひとが死んだ。それから溺れるように酒を飲むようになった。俺が酒を飲む姿など、息子達には愚人にしか映っていないだろう」
刀を握らなくなって長いこと経った。
肉刺も切傷もなくなった無能な掌を見下ろして、槇寿郎の顔が歪む。
「だが這い出せない。頭ではわかっていても、心が追い付かない。俺が今までしてきたことはなんだったのか…なんの為に剣を持ち、呼吸を磨いてきたのか…なんの為に、煉獄の名を背負い…妻を……」
ぐしりと、歪んだ顔を掌で覆い掴む。
掠れた声は昼間のような威勢など微塵もなく、感情を突き破るような刺さる想いだった。
「っ…なんの為に…」