第19章 徒花と羊の歩み✔
「(…でも、)だ…大丈夫、です。少し、強過ぎたみたいですけど…」
口元を拭い、顔を上げて槇寿郎に笑いかける。
咽はしたが嘔吐はしていない。
甘いシロップのかかったカキ氷を食べた時のような、眩暈は起こらなかった。
(気持ち悪くならない。なら、慣れたら飲めるようになるかもしれない)
珠世は紅茶を飲めると言っていたが、果たしてそれはどこまで多種に及ぶのだろうか。
訊いておけばよかったと思いながら、蛍は深く呼吸を繋ぎ息を整えた。
「もう一杯、頂いていいですか」
「しかし…」
「大丈夫です。無理ならやめますから」
渋々と注いでくる槇寿郎に頭を下げて、今度はほんの少し味見をする程度に、口の先に付ける。
数滴分の清酒を口に含むと、どくんと血流が激しくなるのを内に感じながらぎゅっと目と口を閉じた。
ごくん。と大きく喉を嚥下させて飲み込む蛍に、槇寿郎の眉尻が下がる。
「そこまで無理して飲まずとも」
「っいえ。無理じゃ、ないです」
ほー、と息をつきながら、両手で持つ猪口を覗き込む。
見慣れた小さな容器の澄み切った水は、月房屋での一室を思い起こさせる。
「味がします」
あの時も、何度も味わった酒だ。
酌をしては酌を受け、見ず知らずの男と幾度と酌み交わした。
「初めて、感じました。味と、香り」
あの時はまるで無味無臭のアルコールを煽っているような気しかしなかった。
正常な判断を鈍らせるだけの、泥水を煽っているかのような。
(…ちゃんと味わえてる)
体は受け付けられなくとも、心は向いている。
それを身をもって感じたからこそ、自然と顔は綻んだ。
「………そうかもしれないな」
蛍の綻ぶ顔に、自身が手にしたワイングラス。
それらを見やり、槇寿郎もまたぼそりと呟く。
「まさか初めて味わう酒の相手が…息子が連れてきた女性だとは」
無精髭を残す口元が、ふ、と僅かに笑った。