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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第5章 柱《弐》✔



「うまい」


 もしゃりもしゃりと口の中の米を咀嚼する。
 いつもなら威勢よく張る歓喜の声には覇気がない。

 やがて握り飯を口に運ぶ手を止め、杏寿郎は縁側の外へと目を向けた。
 明るい日差しに晴れ晴れとした世界であるのに、何故こうも心は湧き立たないのか。


(…いかんな)


 隊士達からの情報が記載された書類にも、まだ全て目を通せていない。
 中々進まない仕事の筆に、杏寿郎はううむと呻った。


「よう煉獄! 相変わらず地味な飯食ってんなァ!!」

「む!?」


 スパァン!と勢い良く後方の襖が開き放たれたのはその時だ。
 突如姿を見せたのは、離れに放り込んできたはずの宇髄天元。
 遠慮なく仕事部屋に踏み入れたかと思えば、どかりと煉獄の向かいに腰を下ろす。
 その手には、立派な御膳が並んだ食事があった。


「宇髄か…胡蝶に安静にと言われていただろう。何故此処へ?」

「お前と飯食いに」


 簡潔にさらりと告げた通り、ぱちんと手を合わせると杏寿郎よりも立派な食卓に手を付け始める。


「彩千代少女を看ているんじゃなかったのか?」

「蛍なら目を醒ました。今は嫁達が看てる」

「そうか! ならば俺も見舞いに」

「待て待て待て」


 蛍の状況を聞いた途端、威勢の良い声が戻ってくる。
 眉を跳ね上げ立ち上がろうとする杏寿郎を予想していたのか、それより早く天元の手が炎の羽織を掴んだ。


「目を醒ましただけで、体は半分しか治っていない。心はもっと時間が掛かる。だからまだ行くな」

「ならば尚更だろう! 傍で励ましてやればきっと元気に」

「待てつってんだろ。強い言葉が必要な時もあれば、触れない方が良い時もある。今は後者だ、そっとしとけ」

「…む」


 女の扱いとあらば、妻を三人娶っている天元の方が長けている。
 押し黙る杏寿郎の膝が、大人しく座布団に沈む。


「野郎が傍にいるより、同性の方がまだ力も抜けるだろ。嫁達に任せておけばいい」

「…彩千代少女は、どのような様子だったんだ?」


 静かに問い掛ける杏寿郎の言葉に、ぴたりと天元の箸が止まる。
 その目は何かを思い出すように宙を見上げ、再び目の前の御膳へと向いた。


「"人間"だった」


 ぽつりと告げられたのは、杏寿郎の想像していなかったものだ。

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