第5章 柱《弐》✔
「人間…とは?」
「今まで俺が出会った鬼に比べて、随分と弱っちい鬼だなと思うことは多々あった」
しかしその感覚は別のものだったのだと、天元は離れの一室で実感した。
いずれは治るであろうはずの体を見て激しく動揺する姿は、弱い鬼の姿ではない。
「だけど違った。…あいつの中身は人間だ」
困惑、喪失、恐怖。
人であれば当然の如く浮かぶ感情を蛍は持っている。
「人間臭い鬼だって言った方が正しいか」
しかし彼女は人間ではない。
その表現が何よりしっくりくるだろうと一人納得した天元は、再び目の前の御膳に箸を伸ばした。
「うむ。そうか…そうだな」
最初こそ驚いたものの杏寿郎もその言葉に納得したように、何度も頷きながら握り飯を再び手に取る。
「彩千代少女が他の鬼と違うと思えたのはそこか。よもやよもやだ!」
「よもやよもやって…嬉しそうに言ってんなオイ」
「うむ! しっかり食べて午後の仕事を片さねば!」
「返事になってねぇよ。米粒飛ばすな」
「うまい! うまい!」
「聞いちゃいねぇ…」
先程の静けさは何処へやら。
いつものように威勢よく食事をする杏寿郎を目に、くっと天元は密かに喉の奥で笑った。
(お前だって余程人間らしい感情を持ってるけどな)
それが鬼である彼女に向けられているものだと、果たして本人は気付いているのだろうか。
普段は女っ気などまるでない炎柱を面白そうに見ながら、天元も目の前のふぐ刺しに箸を伸ばした。
まずは腹ごしらえをしよう。
そうして夜を待てば、蛍の体もやがて癒えるだろう。
回復した彼女を前にした杏寿郎がどんな顔をするのか、今から見るのが楽しみだ。
「しかし君、いつから彼女を蛍と呼ぶようになったんだ?」
「あ?…決まり事だったろ。あいつの鬼呼びを止めるって」
「ならば彩千代と呼べばいいだろう? 甘露寺や胡蝶も名前などで呼んではいないだろうに」
「いいだろ別に。そんな文句言う権利お前にあんの?」
「ないな! だが君のその物言いも聞き捨てならない!」
「…無自覚かよ面倒臭ぇな」
「何がだ!?」
「なんでもねー」