第19章 徒花と羊の歩み✔
「鬼殺隊としての心得や覚悟なんて何も持っていなかった私は、周りを説き伏せられる理由もなかった。ただ…人として死にたい。願ったのは、それだけです」
「鬼殺隊として死ぬことが真っ当などと…」
「いいえ。そんな真っ直ぐな信念なんかじゃありません。平和の為、人々の為、誰かを救いたいなんて思いは、これっぽっちもなかった。全て私の為です。私が、"私"である為に。ちっぽけな理由をそれらしく口にしただけです」
「……」
「それを拾ってくれたのが、杏寿郎さんでした。あの人だけが、私の身の丈を見て、知って、ちっぽけな理由の中にある覚悟を拾ってくれた」
「慈悲を与えられたから、だと?」
「いいえ。慈悲じゃありません」
同情など嫌いだ。
杏寿郎の差し出した手を握ることができたのは、そこにそんな感情は一つも感じなかったからだ。
「私は、自分で望んで杏寿郎さんの継子になりました。私の目に焼き付いて心に残ったものは、炎の呼吸です。他の誰でもない」
鬼であるが故に、身に付けられる呼吸でもないとわかっていた。
それでも蛍の目を惹き、言いようのない感情で満たしたのは、彼が放った鮮やかな炎だった。
「私は鬼の頸を斬れません。しかし自分が今までしてきたことは、無駄なことだとは思っていません。おこがましいかもしれませんが…私がこの道を歩んだことで、救えた命も、多少はあると思っています。鬼の脅威を無くすことはできないけれど、明日をまた迎えられる人を、見つけて掬い上げることはできた。…それは無駄なことですか?」
目線を上げる。
見つめた先にあるのは、杏寿郎と同じ金輪に朱色の瞳だ。
「杏寿郎さんもそうです。視野が広い人だけど、目先の人を助ける為に全力で立ち向かおうとすることができる。だから、私のことも拾ってくれた。もし救う世界だけを見ていたら…私は、あのひとの目に止まらなかったでしょう」
鬼殺隊が目指すものは、鬼のいない平和な世。
其処に自分が立つことは許されないからだ。