第19章 徒花と羊の歩み✔
「…千寿郎さんは、日輪刀が光らなかったと聞きました。ですが槇寿郎さんのお言葉は、千寿郎さんに剣士になって欲しいと」
「そんなものなんの役にも立たない」
恐る恐る問いかける蛍を、槇寿郎の低い声が両断する。
「才能などない方が余程いい。剣士になって何ができる。鬼を殺すことか? それで大切な者が救える訳でもないのに」
胸の内から吐き出すような言葉だった。
絞り出し、憎々しげに槇寿郎が責め立てているのは、悪鬼でも鬼殺隊でもない。
(多分…病気で瑠火さんを失くしてしまった、自分自身だ)
「炎の呼吸など取得しても無駄だ。そんな呼吸で鬼の始祖が倒せる訳がない。無駄な足掻きをし続けて、己の見るべきものを失ってしまうだけだ」
「……」
「だから…ッ……だから、貴女も…見るべきものを見失う前に、炎柱の継子など辞めてしまいなさい」
昼間の時のように、槇寿郎の気が激昂する。
それでも理性が勝ったのか、荒立てようとした声は爆ぜる前に萎んだ。
相手は一直線に筋を通してこようとする息子ではない。
その息子が連れて来た、鬼を斬れない隊士なのだ。
「…蛍さんは、鬼の頸を斬れないと聞いた。なら何故継子に執着する? 千寿郎を見ていたならわかるはずだ。才能のない者は、どんなに足掻いても努力だけで鬼殺は成しえない」
鬼殺隊の隊服も着ていない。
日輪刀も持っていない。
傍らに鎹鴉をつけているところを見れば、やはり隊士ではあるのだろう。
しかしそれだけだ。
蛍の姿は、長く鬼殺隊に身を置いていた槇寿郎には異様に見えた。
「鬼を憎み、鬼殺でしか生きる道がないと言うなら、それは違う。剣士にならずとも、鬼殺に助力できる道は腐る程ある。なのに何故、継子などに身を置く」
「……同じようなことを、沢山言われました」
鋭い槇寿郎の視線から逸らすように、蛍の目線が手元へと落ちる。
臙脂色のワインの水面は、深く落ちていくような闇の色だ。
「刀を持てない私が呼吸を覚えてなんになる。継子となってなんになる。そこに確固たる理由を付けよと、言われました」
理由を付けなければ、周りを納得させなければ、一歩だって進めない。
あの頃の蛍を取り巻く環境は、そんなものだった。