第19章 徒花と羊の歩み✔

　酒壺の口から、とくとくと落ちる液体。
　透明度は高いが、透き通った中にも光沢があり青冴えている。
　鼻先に届くふくよかな香りを飛ばさぬようにと、蛍は猪口の周りに手を添えて差し出した。


「どうぞ」

「ああ…」


　受け取った猪口を口元へと運んだ槇寿郎が、一口でそれを煽る。
　空になった猪口に更に酒を継ぎ足しながら、蛍はやんわりと頸を傾げた。


「お酒、お強いんですね」

「飲んだ分だけ慣れているだけだ」

「それもあるかもしれませんが。女性より男性の方がお酒は強い傾向にあると、前に聞いたことがあります」

「？」

「男性の方が、体格も良く血管量も多い。酔いが回る速度の違いは、そこにもあると。槇寿郎さんは並みの方より上背もありますし。昼間の身のこなしからしても、体を鍛えているのでしょうね」


　やんわりと微笑み告げる蛍の視線が、槇寿郎の猪口を持つ手元から体の線へと緩やかに流れる。
　もう一口。酒を含みながら、槇寿郎はぐしりと後ろ髪を片手で掻いた。


「酔って、いますか？」

「え？」

「先程と雰囲気が違う気がして…」

「…そう、ですか？」

「少し」


　唐突な槇寿郎の問いに、ぱちりと蛍の目が瞬く。


（柚霧の癖が出ていたのかも…いけない）


　緊張するが故に、酒の場に慣れた昔の自分を引き出していたのだろう。
　ぴしりと背筋を正し直すと、自分の為にと用意しておいたワインボトルに手を伸ばした。


「私は大丈夫です。ので、頂きますね」

「では私が注ごう」

「あ、いえ。でも…」

「酒を酌み交わすとは、そういうことでは」

「…頂戴致します」


　とくとくと透明なグラスに注がれる臙脂色の液体。
　酒に溺れ鬼殺隊を辞めていても、相手は元柱であった人物。
　だからこそ蛍も気付かなかった、些細な柚霧の顔に気付かれた。
　しっかりしろと気を引き締め直してワインを口に含む。


「──」


　ぴくりと蛍の動きが止まる。
　微かに聴こえた賑やかな笑い声に、誰もいない廊下の先へと視線を移した。

　じっと見つめる先は、長く続く暗い廊下しか見えない。
　しかし確かに拾い上げた二つの音は、聞き覚えがあった。

　仲睦まじい兄と弟だ。