第19章 徒花と羊の歩み✔
蛍と共に歩める世界を望むが、その道が狭きものであることは十分理解していた。
だからこそ大切にすべきだと思うのだ。
千寿郎のような感受性こそ。
「だからお前はお前にしか持てないその眼で蛍を見て、その感性で捉えていて欲しい。蛍が先程そうしたように。今度は蛍が立ち止まった時には、千寿郎にその手を握って欲しいんだ」
「それは…そんな大役、俺に務まるでしょうか…」
「何を言う。お前だからできるんだ。月と蛍とを等しく見ることができた、お前だから」
迷うように泳いでいた千寿郎の目が、力強くも優しく微笑む杏寿郎の前で止まる。
「…俺に何ができるかわからないけれど…俺も、蛍さんの力に、なりたいです」
「!…うむ」
ぽそりぽそりと紡ぐ声は小さく。
しかしいつも尻下がりしていた眉はきりりと上がり、真っ直ぐに前を見据える目は灯火を宿す。
弟の決意を前に、綻ぶように柔らかな笑みを浮かべる。
杏寿郎のそれにつられて千寿郎の頬も緩んだが、頭の回る少年である。
蚊帳を張った室内を、はっとしたように見渡した。
「ぁ…じゃあ、俺はとんだ邪魔をしてしまいましたね…」
「む?」
「兄上と蛍さんが同室で就寝するのは、柱である兄上が鬼としての蛍さんを見ている為かと思っていましたが…その…」
頬を僅かに染めて恥ずかしげに言葉を濁す。
そんな千寿郎の思考が何に染まっているのか、わからないはずもない。
びしり!と衝撃を受けたように笑顔を固まらせると、杏寿郎はすぐさま頸を横に振った。
「違う。それは違うぞ。千寿郎」
「え?…でも、兄上と蛍さんは…その、恋仲ということでは…」
「そうだが。違うぞ。邪魔などしていない」
性についての知識がない訳ではないだろう。
それでも千寿郎に蛍との情事を勘付かれることだけは、兄として避けたいところ。
「まだ帰省一日目だ。今まで家を空けてきた時間を千寿郎で埋めたかった。だからお前が気に病むことはない」
「そう、ですか…?」
「ああ!」
若干力押しに思えなくもないが、弟の手を握ったまま前のめりに杏寿郎は深く頷いた。