第19章 徒花と羊の歩み✔
「千寿郎…」
似たような感覚を杏寿郎は知っていた。
母、瑠火がまだ生きていた頃。煉獄家が明るい声と笑顔に包まれていた頃のことだ。
幼い千寿郎は、思い出として記憶にしかと残すこともできなかった。
あの灯りの付いた家を、取り戻せるのなら。
「うむ…!」
幼い手を握る杏寿郎の手に、ぎゅっと熱意がこもる。
「ありがとう千寿郎! 必ずや父上にも認めてもらい、蛍を家族として迎え入れよう!」
自分の為に。蛍の為に。
そして千寿郎の為にもと。
「はい…えっ父上には反対されたんですか…っ!?」
しかし杏寿郎の熱意に対し、千寿郎は笑顔で頷けなかった。
頷こうとしたが、どうしても無視できないことを聞いてしまったからだ。
「? ああ」
「も、もしかして昼間、父上が兄上に手を上げたのも…」
「いや、それは関係ない。母上のことで怒らせてしまっただけだ」
「そう、ですか…でも、そうですよね…蛍さんは普通の女性ではありませんから、父上もすぐには受け入れられずに…」
「いや、それも関係ない。父上に蛍が鬼であることは伏せているからな」
「そうなんですかっ?」
「知らせていたら顔に一発どころでは済まなかった」
(た…確かに…)
激怒すると、酒壺でも襖でも平気で投げつけてくる槇寿郎のことだ。
日輪刀を持ち出し杏寿郎に突き付けても可笑しくはないだろう。
「しかしお館様には認めてもらえた」
不安な顔色を残す千寿郎。
その背を押すように、杏寿郎は笑顔を絶やすことなく続けた。
「人と鬼とが結び付くことを、鬼殺隊の当主に容認頂けたのだ。俺と蛍が望む世界も、手が届かない訳じゃない」
「…それは…すごい、ことですね…」
「だから、千寿郎。お前にもその手を握っていて欲しい」
「手を、ですか?」
「そうだ。蛍は俺との未来を、鬼だからという理由で諦めはしないと約束してくれた。しかしどんなに蛍が曇りのない目で世界を見ることができても、それを許さない者もいる」
父が、そうであって欲しくはないと願う。
それでも鬼殺に身を投じれば投じる程、"鬼は悪鬼"という概念は世界に刷り込まれてしまう。