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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「嬉しい、んです。兄上が…そこまでして、添い遂げたいと想えたひとと、出会えたことが」


 世の為人の為と強い志と広い心も持つ杏寿郎だが、鬼に対しては非情にもなる。同情で手を差し伸べたりはしない。
 その杏寿郎が、本来ならば絶対に向けるべきではない想いを、その者に向けたのだ。

 それだけで十分だった。


「兄上は…いつも俺に、欲しいものをくれるでしょう? いつも俺や、守る人々のことばかり…考えて。自分のことは、いつも、後回しで」

「…千…」

「だから嬉しいんです。鬼殺隊の、柱としてではなくて。煉獄家の、長男としてでもなくて。兄上が兄上として、何より欲しいと願った、慕った相手なのだと、わかるから」


 ごしりと強く涙を拭う。
 ふぅと小さな口で呼吸を正して、俯いてばかりいた顔を上げた。


「俺は、全力で応援します。兄上と、蛍さんのことを。兄上の弟として。二人の幸せを、願いたいです」

「…本当、か?」

「はい」


 今度は杏寿郎が疑問符を投げかける番だった。
 まじまじと見てくる自分と同じ金輪に鮮やかな朱色の瞳を見返して、千寿郎は照れ臭そうに笑った。


「それに…蛍さんなら…俺も、嬉しいですから」

「──!」


 恥ずかしげに告げた千寿郎の言葉に、今までの比にならない程に杏寿郎の表情が変わる。
 口角に深く笑みを刻み、爛々と光る瞳は、全力で喜びを表しているかのようだ。


「本当か!」

「はい」


 がしりと両手で手を握られ、ふくりと少年の笑みも増す。


「俺は、鬼というものを兄上や父上程詳しく知りませんが…蛍さんがうちにいてくれると、明るくなるんです。鬼であるあの方は、陽の光の中にはいられないのに」


 常に明るく可憐に振る舞う蜜璃もまた、煉獄家を照らしてくれた女性だ。
 しかし千寿郎の心の奥底に小さな灯火を置いてくれたのは、優しく手を握り導いてくれた蛍だった。


「沈む暇もないくらいに、空気を賑やかにしてくれて。些細な俺の感情も、取り零すまいと拾い上げてくれて。蛍さんといると心がぽかぽかすると言うか…暗かったこの家に、灯りが灯るような感じがするんです」


 躓かないようにと足元ばかり見て歩いていた。
 そんな自分の顔を、真っ直ぐ上げてくれるように。

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