第19章 徒花と羊の歩み✔
「えっ、でもっ、あの…!」
「うん」
「蛍さんは…ッ」
「ああ」
「兄上の継子で、」
「そうだな」
「それで…っ」
布団の上で膝立ちし、しどろもどろに困惑する。
そんな千寿郎と等しく向き合い、杏寿郎は口元に微かな笑みを浮かべたまま見守った。
(…あ…)
しどろもどろに零していた声を、呑み込む。
(そう、だ)
瞳の奥の光は、向き合う膝の上に置いた拳は、何一つ揺れていない。
静かに向き合う杏寿郎は、全て千寿郎の言葉を理解していた。
(言わなくても、兄上はわかってる)
誰よりも鬼の恐ろしさを知っているのは、戦前に立っている鬼殺隊。そして数多くの鬼と対峙してきた柱達だ。
だから何度も、何度も、何度も。千寿郎に向けて蛍のことを綴った文を送ったのだろう。
鬼殺隊で、鬼を偽り生きることなど不可能なこと。
一人、〝鬼〟という札を下げて、蛍は人間の中で生きてきた。
(そんなこと、わかりきってるのに)
「鬼なのに」なんて言葉。
一番聞かされてきたのは、杏寿郎と蛍自身だ。
「…本当に…本当、なのですか…?」
鬼という言葉を呑み込んで、千寿郎が絞り出したものはそれでも疑問符だった。
兄が嘘をつくはずがない。
わかってはいるけれど、確かめられずにはいられなかった。
「本当だ。…今思えば継子として正式に迎え入れるより前に、俺は彼女を慕っていた」
「…本当、に」
「ああ。本当だ」
オウム返しのように同じ疑問しか吐き出せないでいる千寿郎に、何度も頷いて返す杏寿郎の声は穏やかだった。
その目が、声が、空気が答えだ。
十数年兄として慕ってきた人の、知らぬ顔を垣間見たような気がして。
「…っ」
小さな口に、震えを抑えるように手を当てる。
眉を潜め力の入った両目には、じわりと涙が滲んだ。
「! せ、千寿郎」
突然の弟の涙には、杏寿郎も動揺を隠しきれなかった。
ぎょっとした目が瞬き、大きな手が不安げに揺れる。
「っぅ…本当、なんですね…」
「っぁぁ…すまん…お前を泣かせる道しか選べずに」
「ちが…違い、ます」
口元に当てていた手で拳を握る。
目元に押し当てるようにして、滲む涙を拭い取った。