第19章 徒花と羊の歩み✔
新品の紙材が香るページを指先でなぞる。
描かれている牡丹は、真っ赤な花弁を開き咲き誇っている。
鮮やかな赤は、見ると煉獄家の象徴である羽織や髪色や炎の呼吸を思い起こさせた。
しかし今、鮮やかな赤を見て思い出すものは一つ。
己の心を捉えて離さない、宵闇の中で光る緋色の瞳だ。
「だが今はその覚悟がある。そのひとの為ならと、何をも乗り越える覚悟が」
「…それって…」
「うむ」
牡丹を見つめていた視線を上げると、丸い幼い瞳を更に丸くする千寿郎に、笑いかけた。
「生涯をかけて添い遂げたい女性(ひと)を見つけたんだ」
一瞬、息を呑む。
千寿郎の目が、優しく微笑む杏寿郎に釘付けとなった。
「ほ…本当、ですか…?」
「俺は千寿郎に嘘はつかないぞ」
心得ている。
それでも千寿郎は問わずにいられなかった。
「このことだけは文ではなく実際に会って伝えたかった。遅くなったが、決心がついたのはもう随分と前のことだ」
「そう、なんですね……兄上が…」
「うむ。実は父上にも既に紹介してある」
「え!」
「千寿郎にも紹介したいと思ってな。受け入れてもらえないだろうか」
「それは…はい。兄上が選んだ御方なら、きっと素晴らしい女性なんでしょう…」
驚きは隠せないまま、こくこくと頷く千寿郎の反応に口元は綻ぶ。
それでも肝心なことは話さずに先に了承を得ようとするなど、小心者になったものだと杏寿郎は苦笑した。
槇寿郎の反応は大方予想がついていた。
しかし千寿郎の予想はつかない。
大切な弟だ、無理をしてまで受け入れて欲しいとは思わない。
それでも、望めるなら。鬼である彼女を、家族として認めてもらえたらと。
「素晴らしい女性かどうかは、千寿郎。お前が決めろ。既にその女性には出会っている」
「…え?」
「その為に今回、彼女を連れて帰省したんだ」
「──…!」
もうそれ以上は大きくなることもないだろうと思っていた幼い瞳が、限界まで見開く。
小さな口をぱくぱくと開閉させて、声にならない声を上げた。
「っほ、蛍さんですか…!?」
「うむ!」
うつ伏せに寝ていた体を、がばりと起こして驚愕する。
千寿郎の驚き様に、杏寿郎も体を起こして大きく頷いた。