第19章 徒花と羊の歩み✔
「どこを探しても見つからない花なので、幻の黄泉の花だと言われているそうなんです。元々彼岸花は、地獄花の異名も持っていますが」
「前に話してくれたな。有毒植物であると」
「はい」
秋の彼岸に花咲くそれは、毒を持つ為に害虫や害獣を寄せ付けないと証されている。
故に、遺体が損なわれるのを防ぐ為に埋葬される墓周りに彼岸花を植える習慣も多かった。
その為、死人花や幽霊花などの異名も持つのだ。
「でも実在する彼岸花にそれだけの力があるなら、もし幻の青い彼岸花が存在するなら、どんな力を持っているのかなって」
「うむ、確かに。想像すると面白い」
「全国を巡っている兄上なら見たことがあるかと思いましたが、そうでないならやはり幻なんでしょうね」
「青色は見たことはないが…赤と白なら、京都の任務で見たな」
「それって、蛍さんとの初任務の?」
「ああ」
二人で湯浴みを楽しんだ時にも、話して聞かせた初任務。
大きな京の都でのこと、千寿郎も興味津々に耳を傾けていた話だ。
「花吐き病を発症させる鬼の話はしただろう? その鬼が生んでいた花だ」
「鬼は、花を作り出すこともできるんですね…」
「だが花吐き病にかかる者によって、花の種類は全て違っていた。あの鬼が自在に選べていた訳ではないだろう」
現に、杏寿郎が花吐き病にかかった際に吐き出したものは狐百合。
実際には一度も目にしたことのない花だった。
そして赤と白の彼岸花を埋もれる程に咲かせていたのは、蛍の体だ。
「あれは確かに死の花のように見えたな…綺麗だが恐ろしかった」
「…兄上も恐ろしいと思うことがあるんですね…」
「うん? ああ、鬼に対してではなかったんだがな」
鬼に対する恐怖などはなかった。
底冷えする程に杏寿郎の心を凍らせたのは、絶命へと追いやられていた蛍の姿だ。
まじまじと見てくる千寿郎に小さく笑いかけると、ふと再び図譜に視線を落とす。
「千寿郎」
「はい」
「昔、縁談の話があったことは伝えたことがあったな」
「ええ、はい。兄上が炎柱に就任されたばかりの頃に…」
「あの時は、誰かと夫婦になるという未来を全く想像できなかった。俺にその覚悟が足りなかっただけかもしれないが」