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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 「父の気持ちは結局のところ、父にしかわからない」と最後には笑っていた。
 しかし杏寿郎の願いは、強ち外れてはいなかったのかもしれない。


「杏寿郎さんは、鬼が束になっても返り討ちにできる強い柱です。膝を折ったところさえ私は見たことがありません」


 もし、そうだとしたら。
 道が途絶えた訳ではないと、蛍は前を見据え続けた。


「生きようとする心は誰より強い。思いは、意志は、時に力をも勝るものです。杏寿郎さんは己の命を軽んじて鬼殺隊にいる訳ではありません。…どうか杏寿郎さんを信じてあげてもらえませんか」

「…杏寿郎のことだけではない。貴女も、戦火の中に身を投じていることに変わりない」

「私は死にません」


 細々としか告げられていなかった声が、初めて力を増した。


「私は、鬼相手では死なない。絶対に」


 強がりでも目標でもない。
 それは確固たる事実だった。


「飢餓でも、病でも、絶対に死ぬことはありません」

「絶対など、誰にも決められることではない」

「…いいえ」


 強い蛍の声に、手元に落ちていた槇寿郎の視線が上がる。


「滑稽に思えるかもしれません。ですが、杏寿郎さんが生きろと言うならば、私は百年先だって生きていく覚悟があります。あのひとが人としての生を全うするその日まで、お傍で見守り続ける自信があります」


 真っ直ぐに見据えてくる蛍の瞳は、昼間槇寿郎が垣間見た瞳と同じだった。
 そこには見栄も虚勢もない。
 それを現実として見据え、貫こうとしている者の瞳だ。


「私の言葉を信じろとは言いません。ですが…もし、そこに鬼殺隊や鬼への憎しみや恨みではなく、家族を重んじる心があるのならば…私に機会を、お与え頂けませんか。一度でいいのです。杏寿郎さんと共に歩んでいく機会を…家族となる、機会を。…どうか」


 今一度深々と頭を下げる蛍に、槇寿郎は制す言葉をかけられなかった。

 鬼殺隊に身を置いている者ならば、誰しも命の重みを知っている。生きることの尊さを知っている。
 この女性もまたそうだ。
 それを今更、柱を放棄した自分が偉そうに説くことなどできようか。

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