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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「申し遅れましたが。私は杏寿郎の父、煉獄槇寿郎と申します」


 その場に座し、静かに名乗る。
 その姿勢は、初めて蛍の目に杏寿郎の姿と重ね合わせた。


「ぁ…彩千代、蛍です」

「蛍さん」

「は、はい」


 自然と蛍の背筋も伸びる。
 互いに正座で向き合ったまま。緊張は残るが、槇寿郎と向き合い言葉を交えられたことに蛍は高揚した。


「私は、煉獄家(ここ)に貴女を迎え入れることに同意した訳じゃない」

「…ぇ…」


 その胸の高鳴りは一瞬にして崩れ去る。


「杏寿郎が誰かと夫婦になることは反対しないが、鬼殺隊の者と婚姻させたくはない。…しかし貴女にも貴女の事情があり、あの場に身を置いているはずだ。それを軽率に扱い過ぎたことは反省しています」


 昼間のように罵声して貰えた方が、まだ幾分心は軽かったかもしれない。
 冷静な声で告げられるからこそ衝撃は強い。


「…何故…鬼殺隊だと、駄目なのですか…?」


 それでも。
 絞り出すような声で、蛍は問いかけた。


「戦場で、命を落とす可能性が高いからですか? 平和な暮らしを望めないからですか?」

「……」


 沈黙は肯定と同じこと。
 唇を結ぶ槇寿郎に、蛍は拳を握りしめた。


「杏寿郎さんは、その平和の為に戦っています。誰かが抗い立たない世界で、無償の平和など生まれません。だから鬼殺隊がいるのではないのでしょうか。人々が、千寿郎さんが、笑って生きていけるように」

「…私は…腐っても、杏寿郎の親です」


 険しい表情のまま静かに告げる槇寿郎の目は、蛍を見てはいなかった。
 その視線は己の手元へと落ちている。
 もう刀を握ることを放棄した、己の手へと。


(……もしかして…)


 何故、槇寿郎は頑なに息子を拒むのか。
 それは杏寿郎自身もわからないと言っていた。

 ただ一つ。




『もしかしたら、父は…俺達を死なせたくないと。そう、考えて下さっているのかもしれない』




 夜行列車あさかぜ号の、窓の外。
 真っ暗な暗闇を見つめながら、ぽつりと漏らした杏寿郎のあの言葉は、望みのようにも聞こえた。

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