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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



(あっ)


 驚いたのは一瞬。すぐに自分の姿が人の形(なり)をしているかどうか、その問題に血の気が退いた。


「す、すみません。こんな時間にうろついて…っ」


 槇寿郎に向かって、土下座の勢いで慌てて頭を下げる。

 煉獄家にいる間は、常に人間として擬態を取るようにしていた。
 杏寿郎との色恋で自然と変わってしまったこと以外は、千寿郎に見せた意図的な瞳の色だけが鬼の姿だ。
 現時点で不都合はなかったはず。
 それでも床に押し付けた頭を上げられない。


(擬態はしていても血鬼術は? 見られた? 気付かれた?)


 冷や汗が肌に滲む。
 頭を地に付けたまま微動だにしない蛍に、槇寿郎は傍らに置かれたワインボトルとグラス、そしてじっとこちらを見上げてくる鎹鴉へと視線を移した。


「いい。邪魔をしたのは俺の方だ。剣士ならば、些細な足音も拾えて当然だろう」

「ぃぇ…ですが人様の家でこんな粗相を、お見せして…すみません」

「一人で静かに晩酌することが粗相なのか? なら日夜構わず飲んだくれている俺は、粗相どころか悪行だな」

「い、いいえそんなことは…っ」

「それより、頭を下げ続けるのはやめてくれないか。君は客人で、使用人などではないだろう」


 しどろもどろに動揺する蛍に反し、槇寿郎は常に静かな声色をしていた。
 まるで昼間の罵声が嘘のようだと、蛍は言われるがままに恐る恐ると顔を上げる。

 人の目で見上げた槇寿郎は、入浴後の杏寿郎と同じに前髪を下ろしている。
 つまるところ遅い湯浴みを終えたばかりなのだろう。


(…お酒の臭いがしない…)


 昼間はあんなにも沁みついていた酒の臭いがしない。
 アルコールが抜けているのか、淡々とでも槇寿郎が向ける言葉に悪意はなく、すんなりと意志疎通ができた。


「ぁの…お風呂、お先に頂きありがとうございました。杏寿郎さんも、お陰様でゆっくり疲れを取ることができました」


 この様子だと、鬼と見破られた訳ではないのだろう。
 僅かに安堵しつつも、緊張は残したまま。
 蛍はもう一度、今度は少しだけ頭を下げて礼を告げた。

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