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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「…姉さん」


 ぽつり、と。
 夜空を見上げ呼びかけたのは、京都の稲荷山の頂上以来だ。

 ただ一つ、あの時とは心が違った。


「ごめんなさい。時間が、かかってしまって。…来年のお盆は、きっと姉さんを迎えられると思うから」


 誰に語りかけるでもなく。
 夜空を見上げ、ただ一人に思いを馳せる。


「その時に話したいことが沢山あるの。姉さんと同じに、大切に想えるひとができたから」


 謝罪ばかりを望んでいたはずだった。
 喰い殺してごめんなさいと、ただひたすらにそれだけを。

 今は違う。
 その命を失ってから生きてきた自分のことを、伝えたいと思えるようになった。
 姉の命を喰らい生きてきた自分を、初めて認めて貰いたいと思えた。

 全てはひとえに、優しく背を押してくれたそのひとのお陰だ。


「底抜けに明るくて、炎みたいに熱い志を持っていて。渦みたいな世のうねりから引き上げてくれる程に強くて、どうしようもなく泣かせてくれる程に優しくて。でも、弱い心も知っている。私には勿体ないくらいのひとだよ。…姉さんと、同じ」


 もし出会えていたなら、姉はどんな反応をしてくれただろうか。
 最初は素直に驚いて声を上げるだろう。
 そして蛍の大好きなふんわりと花咲くような顔で、きっと笑うのだ。
 「蛍ちゃんが選んだひとなら大丈夫ね」と言って。


「…会わせたかったなぁ…」


 ワインを喉に通して、ほ、と息をつく。
 微睡むような声は、細い糸を掛け合うような囁かな虫の音に吸い込まれて消えていく。


「──」


 みし、と畳を鳴らす微かな足音を耳にしたのはその時だ。
 常人では聞き取れていたかわからない、微かな足音だった。

 はっと顔を上げて空き部屋の中へと振り返る。
 夜目が利く蛍の目が捉えたのは、確かな人影だった。


「……そうか…君は、剣士だったな」


 其処に立っていたのは、蛍が思い描いていた彼と同じ人影をしていた。
 だが違う。
 初めてその顔を見た時も、杏寿郎とは違うとはっきり思えた。


「邪魔をしたようだ」


 昼間に聞いた時とは違う、重くも静かな声。
 嗚呼、と悟るように呟く男──煉獄槇寿郎の姿に、蛍は目を見開いた。

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