第19章 徒花と羊の歩み✔
「千寿郎?」
「赤い、瞳でした。蛍さん」
「うむ。あれが鬼の蛍の本来の瞳の色だ」
「……」
「興味を持ったか?」
「…綺麗でした…まるで昔に見た、赤いお月様のような」
前に一度だけ、皆既月食で赤い月を見たと興奮気味に千寿郎が話してくれたことを思い出す。
鬼殺隊として既に生家を離れていた杏寿郎は共に見ることは叶わなかったが、嬉しそうに話す千寿郎の笑顔で十分だった。
(綺麗、か)
それと同じに、杏寿郎を見上げる千寿郎の瞳は輝いている。
「ふ、くく…っ」
「兄上?」
「いや…月と鬼か。それらを並べて例えた者などいなかったな、と」
「お、おかしなことを言いましたか…?」
「いいや」
寧ろ。血のようだ、異様な色だと嫌悪するのが鬼殺隊では正常な反応だった。
鬼殺隊の剣士を目指しながらも、少年の心は少年のまま。何も変わっていない千寿郎の存在が愛おしくて。
含み笑いを漏らしながら、戸惑う小さな頭をもう一度くしゃりと撫でる。
「千寿郎は、そのままでいてくれ」
「?…よく意味がわかりません…」
「いいんだ。それより戻って寝床の用意をしないとな」
「あ、はいっ蚊帳張り、お手伝いしますね」
「うむ」
てきぱきと家事をこなしていた午後のように明るさを取り戻す。
そんな千寿郎の姿を穏やかに見つめながら、杏寿郎は「だが」と一言断りを入れた。
「その前に、一つ」
「はい?」
呼吸法でどうにか欲は抑えたが、熱を吐き出すことなく無理矢理に静めた猛りの余韻は、未だ残っている。
それを弟にだけは勘付かせてはならないと、清らかなまでの笑顔を貼り付けた。
「厠にだけ行かせてくれ」