第19章 徒花と羊の歩み✔
一人、自室で土産の風呂敷を開いて喜んでいたのだろうか。
そのまま兄の部屋へ訪れたなら、素直な気持ちを伝えればいいものを。
(前に、我慢強い子だって杏寿郎も言ってたもんね…)
兄は鬼殺隊の柱であり、煉獄家は由緒正しき炎柱の家系。
故に吞み込んだ言葉も多かったのだろう。
他者の感情に機敏な杏寿郎が、常に気にかける程に。
「じゃあはい。千寿郎くんはこっち。これは私ね」
「えっ」
うんと頷くと、押し付けるように図譜を千寿郎に手渡す。
同時に、今度は千寿郎が持っていた蚊帳をひょいと奪い取った。
「私の為の蚊帳だし。ということでこれは私が所持しておきます」
「でも、蛍さんは兄上の所で…」
「兄上は千寿郎くんの兄上なので、千寿郎くんが弟君をしなきゃ駄目です」
「はい?」
ぽけ、と見てくる千寿郎を前に、蛍が膝をつく。
幾分背の低い千寿郎よりも、下がる目線の高さ。
常に俯きがちな千寿郎を見上げるようにして蛍は笑った。
「うん。ここからなら千寿郎くんの顔がよく見える」
「ぇ…ぁの…」
「折角可愛い顔してるんだから。お姉さんにもよく見せて下さい」
「…蛍さん、またふざけてます…?」
「ふざけてないよ。本当のことを言っただけ。言わなきゃ思いは伝わらないでしょ?」
「伝えられても…は、恥ずかしいです…」
「そんな千寿郎くんの照れ顔が見られて私はとても嬉しいです」
「ほ、蛍、さん…」
にこーっと満面の笑みを見せる蛍に、更に千寿郎の顔が赤く色付く。
一日会っただけの鬼相手にここまで素直な反応を見せられるのは、きっと彼の本質なのだろうと。蛍は、零れる笑みをそのままにそっと千寿郎の手を掬うようにして握った。
「だからね、伝えなきゃ。千寿郎くんが思ったこと、感じたこと。一番、伝えたい人に」
困り気味に見ていた千寿郎の瞳の、揺れが止まる。
握られた小さな手はぴくりと震えて、開きかけた口は渋るように線を結んだ。
「……ですが…もう、夜も遅いですし…兄上も帰省したばかりで、お疲れでしょうから…」
ようやく絞り出した小さな小さな声は、その身の丈には合わないものを背負っていた。
柱の、弟であるが故に。