第5章 柱《弐》✔
「けど煉獄には、俺が蛍を看るって言ったしな…」
「それしきのこと、わたくし達でも事足ります。特にこの鬼は、重度の怪我を負っている身。三人で監視していれば逃げられることもありません」
「そうですよッこんな鬼相手なら日輪刀がなくた…て…ぐすんッ」
「なんでそこで泣くのよ!」
「だってぇ…」
握り拳を作って威勢よく声を上げたかと思えば、忽ちに涙声に変わる須磨。
どうにも泣き虫である彼女の目は、まきをに叱咤されながらもぽろぽろと涙を零し天元を見つめていた。
「天元様の指、欠けちゃったから…日輪刀握れるのかなって思うと…っ」
「これくらいワケねぇよ。心配すんな、須磨」
「でもォ…! 酷いです、神様は残酷です! 人々の為に命を懸けて頑張ってる天元様にこんな仕打ち…!」
「言っただろ、これは俺自身が決めた約束事の中で怪我をしただけだ。誰も悪くない」
「…お言葉ですが、天元様。あたしもその件に関しては須磨に同意です」
「まきをさん…!」
「聞けば鬼との戦闘ではなく、鬼の訓練につき合ったが為に被った怪我だと。何故このような鬼の為に、天元様が怪我をしなければならないのですか」
泣き喚く須磨と同じ思いを持つまきをは、その感情を別の形として表した。
滲むような怒り。
ひしひしと伝わるその怒りが、つり上がる瞳で蛍を捉える。
「蛍も怪我を負った。痛み分けだろ」
「鬼はいずれ怪我など戻ります。あんな状態でも、何事もなかったかのようにやがて立ち動いて人を喰らうことができる」
敵意の中に軽蔑にも似た色を含み、まきをは蛍を睨んだ。
「不公平極まりないです」
何故夫の失くした体は戻らないのに、この鬼は元に戻るのか。
そう言葉無き感情で吐き捨てられたようで、蛍は息を呑んだ。
「まきを。須磨」
空気がぴんと張り詰める。
まきをの怒りも、須磨の悲しみも、その声によって遮られた。
「やめろ」
静かだが嗜める天元の声に、妻三人の体に力が入った。
正座し緊張する彼女達を前に、天元は静かに言葉を続けた。
「"体を失った痛み"は、俺もこいつも知っている。だから痛み分けだ。そこに違いなんかない」