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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「すみません兄上。私の所為で蛍さんが…っ」

「千寿郎が悪いことは何もない。煉獄家の人間として、すべきことをしていただけだ」

「ですが…」

「だ、大丈夫。うん」


 心配そうに見つめてくる幼い瞳を前に、蛍は口と鼻を覆っていた手を退いて、ひらりと振った。
 力なくも見える笑みは、千寿郎が今日一日蛍を見てきて初めて知った顔だった。

 僅かに眉間に力が入った額。
 薄らと高揚しているようにも見える頬。
 涙が張った後のように、光沢が残る瞳。


「…?」


 見たことのない表情は、何故か千寿郎の胸をどきりと高鳴らせる。
 激しい運動をした後のような、しかしそれとは何か違うような。
 思わずじっと見つめる千寿郎の視界から隠すように間に立ったのは、杏寿郎だった。


「蚊帳か、助かる。確かにまだ暑さも残る夜だ」

「ぁ…はい。これは兄上の分で。蛍さんの分も…そういえば蛍さんはどちらで就寝されるのですか?」

「え。と」

「蛍は此処で寝る」

「えっ」


 予想外の返答にぽっと頬を染めるものの、すぐにぶんぶんと千寿郎は頸を横に振った。


「(そ、そうか。蛍さんは鬼だから、兄上が傍で見ていないといけないんだ)では此処に蚊帳を張ります…ね?」


 頭を切り替えて一つだけ蚊帳を杏寿郎に手渡すも、千寿郎の頸は更に傾いた。


(あれ…でも、お布団一つしかない…)


 二人で寝るのならば、当然布団は二組敷いてあるはず。
 きょろきょろと辺りを見渡す千寿郎に、ぱっと蚊帳を取り上げた杏寿郎が笑顔を向けた。


「布団は今からもう一組敷くところだ。蚊帳の準備は俺がするから、千寿郎はゆっくり自室で休んでくれ!」

「ぁ……は、い」


 いつもの見慣れた兄の快活な笑顔を前にしているというのに、千寿郎の声は萎む。
 常に下がり気味の眉が更にへにょりと尻を下げて、今度は蛍が頸を傾げた。
 未だ藤の匂いの所為で安易に近付けないが、それでも気になるのは、今までになく年相応の少年らしい表情に見えたからだ。

 どこか寂しさを、感じさせるような。

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