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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 「ん…っ」


 ゆっくりと指を引き抜く。
 その動作一つでさえ、目の前の肌は赤らみ震える。

 頸に吸い付いていた唇を離せば、白い肌に薄らと内出血の噛み跡が残る。
 その様に言いようのない支配欲を感じて、杏寿郎は深く息をついた。


(これでは、どちらが鬼か)


 肌を赤らめ、甘い声を上げ、快楽に落ちる蛍。
 その全てが自身の手によって染められているものだと思えば、酷く興奮した。
 今すぐにでも組み敷き貪りたい欲望を抑えて見下ろした先には、はだけた浴衣に細い首筋からなだらかな曲線を描く肩。

 真珠のような汗粒が浮かぶ、果実のように熟れていく肌が見えて。気付けば歯を立てていた。

 美味そうだと思ってしまったのは錯覚ではなかった。
 食のそれとは違う欲は、いつかに蛍から貰った頸の噛み跡が、想像以上に充足感をもたらした結果だったのか。
 それでも残っていた理性は柔い肌を突き破ることはなく、甘く噛み跡を残すだけに至った。
 数十分と経たずに消えてしまう儚いものだ。


「はぁ…杏、」


 頸を捻り振り返る蛍の目が、鮮やかな緋色を宿す。
 濡れた唇の隙間から見える鋭い犬歯にも、杏寿郎は笑みを深めた。

 それでも。
 艶やかに溺れるその表情は、確かに捕えたものだと。


「瞳と牙が戻ってしまっているぞ」

「ぁ…ん、」


 指摘しながら、蛍が擬態をかける前にと口を塞ぐ。
 ふくりと深まる笑みは止まらず、舌で小さな口内を弄り味わう。
 もっと蕩ける様が見たいと身を乗り出せば、反して蛍の体が退いた。


「っな、ん…で」


 互いの間にできた唇の隙間から、零れ落ちたのは疑問符。


「急に、こんな……吃驚、した」


 一瞬なんのことかと考えたが、赤らめた顔を逸らす蛍が戸惑っていることと言えば、一つだけだ。

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