第19章 徒花と羊の歩み✔
上気した顔。
熱を帯びた声。
どこか潤んだようにも見える瞳に、杏寿郎の目が釘付けとなる。
自然と上がってしまう口角をそのままに、声を潜め囁いた。
「参ったな…そんなことを言われると、今すぐ此処で抱きたくなってしまう」
「…っ」
「だがもう少し夜が更けないと、父上も寝入る前で」
「ッで、ですよね…!」
「むっ?」
欲を含んだ杏寿郎の姿に対してか、それとも早まった己の失態に対してか。
羞恥の意味で顔を赤らめると、蛍はくるりと杏寿郎の膝の上で体を反転させた。
そっぽを向いて両手で顔を覆う。
「蛍?」
「…すみません早まりました…」
ぷすりと頭から湯気が立つ。
ぽそぽそとくぐもった声を届ける様からして、どうやら己の失態に羞恥したようだ。
蛍のその変わり様にぽかんと見守っていた杏寿郎は、不意にくすりと笑った。
初任務後、首筋に噛み付き血を嚥下してきた時もそうだった。
思い切った行動に移るかと思えば、自分で自分のしたことに後悔して撃沈する。
なんともぎこちなく、その辿々しさが愛らしいと。
「そんなことはない。俺だってぎりぎりなんだ。寧ろ君の欲が見られて、俺は嬉しい。ただ、そうだな。夜更けまでもう少し時間はある」
「ん…っ?」
「だがそれまで暇を持て余す気はない」
「杏、寿郎…?」
背を向けた蛍をそのまま背後から抱き竦める。
さらりと梳いた髪を横へ流すと、白い首筋に顔を埋めた。
「折角、君と二人きりなんだ」
「っで、も…此処、じゃ」
「わかっている。此処で蛍を抱きはしない」
「じ、じゃあこの手は何…っ」
明らかな意図を持ち、体を弄る二つの手。
薄い浴衣の上から胸に手を這わせると、後ろから杏寿郎は熱い吐息をついた。
「そんな姿を見てしまってはな…此処を出たら、すぐにでも君を抱きたい」
「え…」
「その為の準備くらいならいいだろう?」
「ぁっ」
するりと、掛襟の隙間から杏寿郎の手が滑り込む。
ひくんと顎を上げて思わず漏れた声に、蛍は咄嗟に両手で口を覆った。