第19章 徒花と羊の歩み✔
細く柔い体を抱きしめていると、不思議とこちらが包まれている気になる。
鬼であるのに、そんな不安は微塵もない。
母に抱かれた時とはまた違う、言いようのない甘さを知るのだ。
「ありがとう。蛍」
「…私、お礼言うようなことしたっけ?」
「俺が伝えたくなっただけだ」
建前や励ましではない。
確かに自分は愛されていたのだと、認めて貰えたことがどんなに嬉しかったか。
緩む表情を引き戻すことなど早々に諦めて、杏寿郎は膝の上に抱いた柔からな肌に身を預けた。
顔を埋めれば、そろりと二本の腕が包むように抱き返してくる。
頭を撫でて、髪を梳いて。
ひとつひとつ、確かめるように愛でてくるのだ。
("ここ"はさながら…俺の、楽土だ)
過去も未来も人も鬼も役目も使命もない。
この儚くも細い腕の中でだけは、なんのしがらみもなく幸福に浸っていられる。
「ずっと、こうしていたいな…」
「…ずっと?」
「ああ」
「……それは…」
「?」
自然と呟けば、そわそわと目の前の体が不自然に揺れる。
変なことを言ったかと不思議に思い顔を上げれば、ほのかに赤らむ蛍と目が合った。
「それは、困る、かな…」
「そう…か?」
「…だって、」
予想外の応えに驚きはしたが、蛍の表情は言葉と嚙み合っていない。
大きな瞳を尚丸くする杏寿郎の視線から逃れるように、蛍は視線を逸らした。
「この後、連れ出してくれるんでしょう?」
反して手は縋るように、杏寿郎の着物を掴む。
「ずっと此処にいたら…これ以上、杏寿郎に…触れない…」
最後は辛うじて聞き取れる程の、小さな声だった。
それでも確かに拾った甘美な響きに、どくりと杏寿郎の体の奥が脈打つ。
「だか──ん、」
ぽそぽそと零れ落ちる声は、熱い吐息に塞がれた。
「それは、誘っているのか?」
塞いだ唇を僅かに離して、近しい距離で見つめ問う。
ちりり、と焦げ付くような灯を杏寿郎の双眸の奥に見つけて、蛍はこくんと喉を鳴らした。
「…限界なのは、杏寿郎だけじゃないよ」
昼間。あんなにも情熱的に求められては、体も疼くというもの。
欲を持つのは、何も男ばかりではないのだ。