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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔












 子をあやすような優しく大きな手が、背を撫でる。
 揺りかごに包まれた微睡みのような。そんな心地良い空気に浸ったまま、蛍はゆっくりと息を繋いだ。


「…杏寿郎」

「ん?」


 ありがとう、と告げるにはなんだか違うような気もして。体を預けたまま、包み込んでくる手をそっと握り返す。
 等しく包むように抱いてくれている杏寿郎の腕の中は、言いようもなく安心した。


「私も…槇寿郎さんのことも、瑠火さんのことも何も知らないけれど…大きな愛を持ったひとだってことは、わかった気がする」


 ゆっくりと頭を持ち上げて、ようやくその目に映し込んだ。
 今、見るべきひとを。


「千寿郎くんへの惜しみない愛情もそうだけど、杏寿郎自身がそうだから」


 出会った時からそうだった。

 揺るぎない強さを持ちながら、鬼である蛍が怖いと言った。
 強烈な個性を持つどの柱とも率直に向き合い、ものともせず歩み寄りながら、時に拳を交えることもする。
 悪しき鬼を滅する強い使命を持ちながら、蛍や禰豆子を人として見る目も持つ。


「私の感情が豊かだって言うけど。杏寿郎こそ、そうだよ。善悪を視る目があるのに、私を受け入れてくれた。…私だけじゃない、家族や、鬼殺隊や、他の鬼達や、世界もそう。見るべきものを、世界の概念だけじゃなくて、自分の目で見ようとしてくれる」


 一言では言い表せない、杏寿郎を形成するもの。
 陽だまりも日陰も持つ、その人は。


「上手くは、言えないんだけど…それだけ、惜しみなく愛を向けられる人は、それだけ、愛を知っているから、だと思う…杏寿郎はたくさん、愛されていたんだなって。お父さんとお母さん、に」


 辿々しくも伝えてくる蛍の言葉は、自分で飲み込んでいるようなものだった。


「だから、槇寿郎さんが大きな愛を持っているひとっていうのが、わかった気がする」


 うん、と頷く蛍に。
 杏寿郎はぱちりと、目を丸くした。

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