第19章 徒花と羊の歩み✔
『…ほたる…だい…すき……よ…』
涙と嗚咽と血を挟んで、命の色を掻き消す間際。
最期に姉が告げたのは、愛の言葉だった。
姉の言葉を全て呑み込めた訳ではない。
生きていれば、いつかは。なんて。
そんな望みを告げられても信じることはできなかった。
それを口にした姉自身が体を毒漬けにされ、鬼に喰われることでしか死を選べなかったからからだ。
凡そ姉自身が望んだ生き方とは程遠い。
そんな言葉は、単なる神頼みのようなものだと思っていた。
けれど、もし。
それが想い故だったなら。
蛍を導く為の言葉ではなく、ただただ愛するものへと向けた言葉だったなら。
「…っ」
笑って生きていて欲しい。
しあわせであって欲しいと、ただそれだけを願ったものだったのならば。
(…姉、さん)
歯を食い縛る。
(姉さん)
両目を見開いたまま、頭を垂れて床を睨み付けた。
(姉さん。姉さん)
そうでもしないと、体の内側からこみ上げた感情が、堰を切って流れ出してしまいそうで。
(姉さん)
もう姉のことで流せはしないと思っていた。
枯れ尽くしたはずの涙が、瞳の縁を微かに濡らした。
「…っ……ねえ、さん」
逝った者の想いは、逝った者にしかわからない。
それでも、あの日、あの時、蛍の腕の中で。
姉が最期に望んだものは、残していく者の幸せだったのかもしれない。