第19章 徒花と羊の歩み✔
「……」
強い双眸が、感情の起伏なくじっと蛍を見つめる。
力無く笑う顔を見つめ、やがてその目は地に伏せた。
「…俺と君は、似ているな」
「…?」
「俺も、母上に頂いた言葉を心に据えて生きている。それによって前に進めていると言っても過言ではない。…人によっては、それは呪縛にも見えるだろう。俺が俺として立つべき土台に利用しているだけかもしれない」
遠い虫の音と、儚い風鈴の音。
穏やかな寝息を立てる弟の吐息。
今でも鮮明に思い出せる。
母の思いを託された、あの日の光景は。
「それでも。誰になんと思われてもいい。そこには確かに、母の心と俺の心が在った。母の言葉の裏側に、どんな想いがあったのかはわからない。それでも人前で泣く姿など過去憶えのないあの人が、俺の為だけに流した涙だ」
ただの一度きりだった。
細く力の入らない腕で優しく抱きしめてきて、さめざめと涙を流す姿を見たのは。
ただの。
「…それだけで、十分応える意味になる」
眉尻を下げ、優しく微笑む。
凛々しい顔つきを優しげに変える杏寿郎の笑みは、蛍も幾度も見てきたことがあった。
それでも、見たことのない微笑みだと思った。
闇にも浮かぶ灯火のような双眸は、蛍を越えて遠い亡き存在を慈しんでいる。
「なんて、告げられたの?…お母さん、に」
気付けば問いかけていた。
ぽつりと、取り落とすように。
蛍のその瞳を見返して、杏寿郎はゆっくりと声を紡いだ。
「…強く、」
『──強く、優しい子の母になれて幸せでした
あとは、頼みます 』