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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 その後、時透無一郎の剣の才と、宇髄天元の忍者としての素晴らしさを熱く語る杏寿郎に呑まれる形で話は終わった。
 神隠しなど気味の悪い話ではあったが、単なる怪談話が噂になることは珍しくもない。


「人の記憶にないのに、そこまで鮮明に噂になること事態、可笑しいよ。一人歩きした都市伝説みたいなものだと思う」

「だといいが。一応、要を近場の情報担当の隠の下へと向かわせた」

「いつの間に」

「蛍がワインを楽しんでいる合間にな」


 柱としての判断は常に迅速で的確だ。
 杏寿郎としても念の為の確認のようなもの。
 半信半疑ではあるが、大切な家族を守る為に必要なことだと判断した。


「それらしい鬼の情報がなければ、要もすぐに戻ってくる。ただの心霊現象なら問題はない」

「それはそ…いや問題だから。心霊現象って。幽霊の仕業ってこと? それこそ大問題」

「霊は鬼のように人を襲って喰ったりはしないぞ」

「杏寿郎さん、知ってます? 祟りって言葉」

「はは、君は本当に怖がりだなっ」

「…笑顔で言われると悪意しか感じない…」


 わははと快活に笑う杏寿郎の笑顔は見ていて気持ちのいいものだが、残念なことに今は感じられない。
 寝床を作り終えた杏寿郎を恨めしそうに見れば、その目は相反して和らぐ。


「悪意なものか。寧ろ人らしい、君のその豊かな感情が俺は好きだ」


 本心で伝えているのだろう。
 声色も視線も立ち姿さえ。まるで仮面を脱ぐかのように、雰囲気さえも途端に変わる。
 そんな杏寿郎を前にして、蛍は座っていた目の前の文机にぺたりと頬を押し付けると顔を伏せた。


「…好きって言えば許されると思ってませんか…」


 ぽそぽそと零せたのは精一杯の強がりだ。
 でないと顔の熱を知られてしまう気がして。


「思ったことを口にしただけだ。そんな思考は持ち合わせていないな」


 歩み寄る気配。
 伏せていた顔を横に向ければ、身を屈ませる杏寿郎と近しい距離で視線が絡んだ。


「だが俺の言葉一つで感情が揺らぐ君を見るのも、好きだ」

「…っ」

「どうだろうか。そんな所に顔を押し付けていないで、こちらへ来ては」


 すとんと隣に座り込んだ杏寿郎が、両腕を緩く広げる。
 おいで、と言葉もなく誘われる仕草に今度は胸が熱くなった。

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