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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第37章 遊郭へ



 それでも蛍には見覚えがあった。
 男の姿を知っていたからではない。
 額の痣や耳飾りは炭治郎と似通っていたが、風貌はまるで違う。
 それよりもその目が、放たれる圧が、何より見覚えのあるものだった。

 鬼に向ける目。
 日輪刀という得物を手に、悪鬼の頸を狩ることを生業とした者達。
 静かに佇む姿から放たれる威圧は、再生を繰り返す鬼の身体にも危機感を受け付ける。

 鬼殺隊の"柱"という、その道に命を賭けた者達だ。


(これは…っ鬼の記憶?)


 自分の記憶ではない。
 それでもその目は、その問いは、悪鬼に向けられたものだ。
 自分と同じ、鬼という存在に。


「っく…」

「チュ!?」

「チュウチュ!」


 頭を押さえたまま呻く蛍の異変に、慌てふためく忍鼠達が駆け寄る。
 一瞬の頭痛のような記憶は、意識を飛ばす程ではない。
 それでも確かな苦痛となって蛍の脳裏に居座った。

 それを"苦痛"だと、この鬼の体を造り上げた細胞が告げている。
 不快なもの。目障りなもの。心底嫌悪感を覚えるもの。
 あらゆるその負の感情の出所が明確でなくとも、漠然と蛍には理解できた。

 これは鬼の始祖──鬼舞辻無惨の記憶だ。
 彼がかつて巡り合い、対峙した一人の人間との記憶。
 細胞に刻み付けられる程、忘れ難い強烈な記憶。


「チュチュ…!」

「っう、ん…大丈夫…問題、ない」


 ふーーーと細く長く息を吐く。
 鍛え慣れた呼吸は息の乱しをたちまちに直し、ぺちぺちと小さな前足で頬を叩く忍鼠に蛍は控えめな笑みを返した。
 記憶は強烈なものだが一分にも満たないものだった。
 足を止める理由にはならない。

 もしかしたら鬼舞辻無惨がこの遊郭にいるのかもしれない。
 自然と蛍の姿勢は特定の方角へと向いていた。


「多分、こっち」


 見知らぬ男の鋭い視線を感じたのはそこだ。
 戸惑う忍鼠達に深く説明する暇はなく、蛍はよろりと駆け出した。

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