第19章 徒花と羊の歩み✔
食事を終え荷物を置いていた部屋へと戻ると、手慣れた様子で布団を押入れから出し敷いていく。
その杏寿郎の表情に、つい先程までの穏やかさはない。
「もしかして、神隠しの話?」
蛍にも思い当たる節はあった。
始終楽しげに日常の話をしていた千寿郎が、唯一毛色の異なる話をしたからだ。
『神隠しって…あの、かみかくし?』
『はい。ここ最近、近隣の村々で突如人が消える現象が起きているとか。私も酒屋の店主さんに聞いた、風の噂のような話なんですが』
『それ、誘拐事件じゃないの?』
『それが確証はないんです』
『え? でも消えるんだよね?』
『消える"らしい"んです。ある日忽然と姿が消えると同時に、周りの人々の記憶からも消えるらしくて。本当にこの世界から存在そのものが消えるような。だから神隠しだと』
『…そんなことってあるの…? じゃあなんで噂になんか…』
『だから噂なんです。突然誰のものともわからない荷物が道端に転がっていたり、すぐ先程まで人がいたような家事の痕跡が残る空き家が増えたり。人々の記憶にはないけれど、不可思議なことが起きていると』
『え…怖…』
『ふむ…鬼の仕業か? だとしたらこの近隣は俺の担当地区でもある。情報が手元に来ていても可笑しくないが…』
『きてないの?』
『ああ』
『噂程度の話だからですよ。酒屋さんも、笑って話していましたし』
『よくある怪談話のようなものか』
『恐らく、そのようなものかと』
『なんだ…吃驚した…』
『? 吃驚させちゃいましたか?』
『ははっ蛍は怪談が苦手だからな』
『そ…っれは、否定しないけど』
『蛍さん、怖がりなんですか…』
『あ。千寿郎くん、今"鬼なのに?"って思ったでしょ。その目、見覚えある。節分で怖い祠を見た時の霞柱と同じ。もしくは怪談話した時の音柱』
『えっあ、いえ…っそ、そんなことは』
『はいその慌て様! 図星ですね!?』
『はははっ千寿郎は根が素直だからな! だが宇髄と同じ目とは心外だな、千寿郎はもっと曇りのない眼をしているぞ!』
『兄上っそれは柱ともあろう方に失礼です…!』
『それは認めるけど。偶に天元に辛辣だよね、杏寿郎。曇りのない眼で酷いこと言うよね』
『何を言う! 俺は宇髄を尊敬しているぞ!』