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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「…怒った顔も可愛いなぁ」

「蛍さんッ!」


 杏寿郎とはまた違う、よく通る幼さの残る声。
 それを耳にまじまじと抗う千寿郎の顔を見ていた蛍が、ふくりと笑った。


「ふ、ふふ…っ」

「?」

「ごめん、千寿郎くんがあんまり良い反応くれるものだから…っ」

「や、やっぱりからかって」

「ごめ、そうじゃ、ないよ。千寿郎くんが素敵だなって思ったのもお嫁さんだったら良いなって思ったのも、本当だから」

「だがやらん!!」

「はいはい。わかったから。そんな笑顔で睨んでこないで下さいお兄さん」

「睨んではいない! しかし千寿郎は嫁にやれないぞ!!」

「わかってるって。二人が楽しそうだったから私も混じりたかっただけ」

「…楽しそう…?」


 一体なんのことかと頸を傾げる千寿郎に、蛍は思い出すようにまた笑う。


「お風呂場から楽しそうな声が聞こえてきたから」

「あ…す、すみません煩くしてしまって…」

「問題ないよ、私の耳が少しいいだけだから。それに自分のおうちだから悪いことなんてないでしょ? 千寿郎くんの声も杏寿郎と同じで、よく通る良い声だなぁって」


 兄が留守の間これだけ剣技を励んだだとか、料理が美味しくできただとか。
 楽しげに尽きることなく報告する千寿郎の声は蛍の耳に心地よく響いた。
 それを自分も聞いてみたくなっただけだと。


「広いお屋敷だけどなんだか温かく感じるのは、きっと千寿郎くんがいるからだね」

「え…?」


 杏寿郎に似た目尻の上がった、大きなぱっちりとした瞳。
 その目を見返して蛍は目を細めた。

 太陽のような猩々緋色の兄と違い、千寿郎は明るくもほっと落ち着けるような赤橙色(あかだいだいいろ)だ。
 この広い屋敷の何処にいても彼の色は馴染み溶け込んでいる。
 それだけ日々この家を守り大切に共に過ごしてきたのだろう。
 千寿郎の日々の生き方が透けて伝わってくるようだった。


「槇寿郎さんの部屋は緊張したけど。でも、このおうちは温かくて息がし易い。こうして千寿郎くんと過ごす時間もとっても楽しい」


 だから自分も千寿郎の顔が色々見たくなったのだと、ほんの少しだけ照れたように告げる。
 そんな蛍に千寿郎は毒気が抜かれるように体の力が抜けるのを感じた。

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