第19章 徒花と羊の歩み✔
「…此処は二人で暮らすには、少し大きな家ですので。賑やかなのは私も楽しいです」
だから毎日、兄の無事を祈ると同時に帰還を切望していたのだ。
一人で幾人分もの賑やかさを持つ兄とリズムよく会話をする蛍の声は、千寿郎にとっても喜ばしいものだった。
自分の知らない、兄が生きている外の世界を垣間見ているようで。
その世界に、自分も触れられているようで。
「私で、よければ。蛍さんのお話も色々聞かせてください」
膝の上で両手を揃えて、少しだけ頭を下げる。
その年頃の少年にしては無邪気さがなく大人びている行為に、それでも蛍は微笑んだ。
「うん。今日から沢山、よろしくね。千寿郎くん」
千寿郎が纏う温かな赤橙色が、柔らかく映ろう。
それだけで十分だと。
(…うむ…)
ほわほわと空気が和む。
笑顔を綻ばせた愛しいひとと我が弟に、目が離せない。
そこにあるのは、杏寿郎も望んだ二人の姿だ。
大切にしている者同士が親しくなってくれるのならば、素直に嬉しいと思う。
ありがたいことだとも思う。
だがしかし。
「……嫁は駄目だぞ」
「え。まだ言ってたのそれ?」
「兄上…私は誰の嫁にもなりませんよ…」
思わず零れた本音は、愛しいひとにも我が弟にも通ずるものだった。
ぼそりと告げた杏寿郎の心内は、二人には皆まで届かず。
仲良くしてくれるのは喜ばしい。
だが決して一線は超えることなきようにと。