第19章 徒花と羊の歩み✔
「でも、お母さんのお味噌汁かぁ…いいな、そういうの。思い出が一緒に沁み込んでいるみたいで」
杏寿郎達の後に入浴を済ませた蛍も、結った髪を下ろしほかほかと解れた体で用意して貰った浴衣に身を包んでいる。
しかし蛍の前には、杏寿郎や千寿郎のような料理が乗った御膳はない。
鬼は人の料理は口にしない。
千寿郎も十分知っていたからこその対応だったが、料理に舌鼓をうつ杏寿郎を見る蛍の優しい横顔には、どきりとした。
(やっぱり蜜璃さんとは何か違う気がする…なんでだろう…)
蜜璃もまた、可憐な笑顔で隣でよく笑っていたというのに。
先程の恥ずかしさとは違う羞恥を払うように、千寿郎はぱっと腰を上げた。
「兄上。折角ですし、食後の甘味もどうですか。蛍さんに頂いたババロアをお出ししたいので」
「あれか。俺もぜひ頂きたい!」
「そう? 杏寿郎のお土産のお菓子だってあるし、ババロアは気にしなくていいよ」
「いいえ、私が食べたいんです。それに、蛍さんにもお出ししたいものがありましたので」
お出ししたいものとは、と頸を傾げる蛍に多くは語らず、ぺこりと頭を下げて千寿郎は身を下げた。
兄から幾度となく聞かされてきた蛍の話は、出会うまで半信半疑だった。
それでも用意しておいてよかったと。
「どうぞ、」
「うむ、美味そうだ!」
「蛍さんも」
「…わ、」
杏寿郎の前には、ぷるんと揺れる瑞々しいババロアの乗った皿。
蛍の前には、とぷりと揺れる並々の液体が入った瓶。
待ち望んでいた甘味に笑顔を向ける杏寿郎と等しく、蛍も予想外のものに声を上げた。
「これ、ワイン?」
「はい。蛍さんは洋酒でしたらお飲みになれると聞いていたので…」
千寿郎が蛍にと出したものは、まだ栓の開けられていない新品のワインボトルだった。
この世で唯一味わえる人の作り出したものに、蛍も興味津々に手を伸ばす。