第19章 徒花と羊の歩み✔
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「どうぞ、兄上」
「ありがとう! うむ、うまい!」
熱い湯で汗と泥を流し、解れた身にほかほかと立つ髪は更に金色(こんじき)に光る。
入浴後すっかり心身共に解れた様子で、松の葉のように渋い深みのある松葉色(まつばいろ)の着流しに身を包んだ杏寿郎は、おかわりを催促した茶碗を笑顔で受け取った。
丼のような大きな茶碗に、更に山盛りにつめられた白米。
口に運ぶ米粒に混じるこれまたほかほかのさつま芋が、なんとも食欲をそそる。
さつま芋ご飯に、さつま芋の味噌汁。
立派な鯛の塩焼きに、竹の子とちくわぶの甘煮。
揚げ出し豆腐の卵とじに、いんげんと人参の信田巻。
幼い少年が作るにしては立派な御膳を前にして、杏寿郎は一層顔を輝かせ「わっしょい!」と叫び、蛍もまた目を見張り感心した。
「こんなに沢山の料理を、あんなに手早く作れるなんて。凄いねぇ、千寿郎くん」
「今日は兄上が帰省なさることを知っていたので、下拵えは終えていましたし。そんなに大変じゃなかったですよ」
「それでも凄いよ。どれもとっても良い匂い」
「うむ、千寿郎の作る料理はどれも絶品だからな。特にこの味噌汁は、母上を思い出す」
「ふふ。それは母直伝の味付けですから」
千寿郎が物心つく前に亡くなった母、瑠火。
故にその手料理を十分味わうこともできなかったが、台所を一人で切り盛りするようになった千寿郎が、偶々棚の奥から見つけた料理帳。
そこに乗っていたのが、幼い杏寿郎にもよく振舞われていた瑠火手製の味噌汁だった。
「母の料理を出せば、父上も幾分落ち着きますし。明日にはいつも通りだと思います」
「おお…流石。しっかり胃袋を掴んでいらっしゃる」
「やはり俺より父上の扱いに長けているな!」
まじまじと更に感心した様子で見る蛍に、そうだろうと自分が褒められたかのように笑顔で頷く杏寿郎。
二人の視線を浴びながら、千寿郎は照れた顔を俯かせ味噌汁を啜った。
ほろりと口の中で蕩けるさつま芋が、甘く染み渡る。