第19章 徒花と羊の歩み✔
(蛍との時間を取れるかと思ったが…見誤ったな…)
あわよくば湯浴みの蛍も堪能できたら、と。
蜜璃との混浴の時は微塵も滲ませなかった欲を出せば、見事に空回りしてしまった。
「…蛍さんって不思議なお方ですね」
「む?」
杏寿郎とは違い、蛍を見送る千寿郎の目は温かな色を灯す。
「鬼だと聞いた時には凄く驚きましたが…あんなに心に寄り添ってくれるお方だとは、思っていませんでした」
「…言っただろう? 俺も個としての彼女、"彩千代蛍"だから惹かれたのだと。鬼であることや鬼殺隊にいることは、全て後付けに他ならない」
「兄上がそこまで仰るのなら、それ程のお方なんでしょう。…でも、そこも少し驚きました」
「うん?」
「蛍さんは蜜璃さんと同じ兄上の継子なのに、なんだか…そういう感じが、しなくて」
額を指先で擦りながら、照れた様子で笑う。
千寿郎のその感性は決して間違いではない。
蜜璃との間は師と弟子の関係だけだった。
蛍との間には、それよりも更に深く踏み込んだ繋がりがある。
それをまだ千寿郎は知らない。
杏寿郎自身、蛍と未来の契りを交わしたことだけは、文ではなく直接声にして伝えようと思っていたからだ。
父にも、弟にも。
「千じゅ」
「兄上の外でのお話、沢山聞かせてください。俺、兄上の土産話が凄く楽しみでっ」
丁寧な言葉遣いは変わらないが、兄だからこそわかる綻び。
蛍の前では煉獄家の次男として見せていた顔を潜ませ、屈託なく笑いかけてくる。
其処にいたのは無邪気に兄を慕うただの弟だ。
そんな千寿郎の姿に、杏寿郎は呼びかけた声を呑み込んだ。
「うむ! そうだな、俺も千寿郎の話が沢山聞きたい。留守にしている間、千寿郎が過ごした日々のことを聞かせてくれないか?」
「はいっ」
にっこりと笑顔を向けて杏寿郎が頷けば、更に千寿郎の顔が輝く。
幼さの残るその手を握り、杏寿郎は共に風呂場へと向かった。
(蛍とのことは、機会を見て話そう)
今はまだ、この世でただ一人。
大切な弟の唯一の兄でいようと。