第19章 徒花と羊の歩み✔
お風呂大国、日本。
今でこそ男女別れて入浴するのが常識とされているが、つい一昔前までどの銭湯も混浴が当然だった。
故に混浴施設も未だ多く、地域によっては習慣として残っている所もある程だ。
「特にどうということはない。甘露寺の肌なら普段から見慣れているし、だからと風呂場で直視する訳でもなかった。寧ろ精神を鍛え上げる良い鍛錬になったな、あれは!」
「兄上…なんでも鍛錬に結び付けたら駄目です…」
健全な顔で笑う杏寿郎が言い切るならば、本当にそこに疚 (やま)しい空気などはなかったのだろう。
杏寿郎と蜜璃の関係を日頃知っているからこそ、信用もできる。
だからと言って感情は別だ。
「なので鍛錬の一環としてどうだろうか、蛍も…二度目だなその顔は!」
再度誘う杏寿郎を、ぶすりと仏頂面で睨み上げる。
清い心と顔をしていれば、なんだって許される訳ではないのだ。
「私はいいです。千寿郎くんとでも入ったらどうですか」
「む? それもいいな、久々に! どうだ千寿郎」
「えっあ、私は…」
笑顔で杏寿郎に誘われれば、千寿郎の顔が再び色付く。
それは羞恥というよりも、そわそわと期待する子供のようだ。
(そっか。千寿郎くん、まだ幼いもんね…)
言動がしっかりし過ぎていて忘れがちだが、禰豆子よりも幼い年頃。
甘えられる相手が兄だけとなれば、そんな些細な時間も共有したいだろう。
「うん、二人で入ってきたらどうかな。私は荷物の整理でもしておくから」
「ですが、そんな…」
「いいよ、千寿郎くん。客であっても、同じに私は炎柱の継子だから。そんなに気遣わなくても大丈夫。折角の空いた時間に、出したかった手紙でも書いておくし」
杏寿郎とは正反対の千寿郎のこと、押せば通せると蛍は手早く手荷物を掲げた。
ついでに文通相手の珠世への返事でもしようと。
「杏寿郎も、折角のご実家だし。ゆっくり疲れを取って来て下さい」
「…うむ」
「じゃあ私はさっきの部屋でまったりしてるから。急がなくていいからね、千寿郎くん」
「あっはい」
千寿郎には笑顔を、杏寿郎には仏頂面を残して廊下を去る。
そんな蛍に杏寿郎は笑顔を固めたまま、ううむと唸った。