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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 くちりと、粘膜が触れ合う。
 ん、と微かな吐息が静かな部屋に落ちた。

 手首と頸に添えた手で逃がさぬまま、口内を己の舌で弄る。
 尚も逃げようとする小さな舌に絡み付いて、唾液を混ぜ合わせ、吸い付き、飲み込んだ。


「ん、ぅ…っふ、」


 ほろほろと唇の隙間から零れ落ちる吐息が、甘さを増していく。
 初めて接吻を交わした時は呆気なく鋭い鬼の牙で舌を傷付けていたことも、随分と減った。
 巧みに舌を絡ませちゅるりと顎を退くと、後を追うように間に銀の糸が引く。


「っ…ん、で」

「なんでもおいでと言ってくれただろう。俺の我儘を、聞いてくれないか」


 言葉は深く聞かずとも、目を見ればわかる。
 はふりと息を零しながら、こんな所で、と訴えかけてくる蛍の瞳を間近で見つめ、杏寿郎もまた熱い吐息をついた。


「長いこと君にこうして触れていない。…そろそろ限界だ」


 "外"にいる時はよかった。
 柱としての責務が己を立たせていたから、それを優先していられた。

 しかし鬼殺隊本部の炎柱邸とは違う、安らげる我が家に身を置けば、脱いだ羽織と同じに柱としての軸も剥がれ落ちた。

 白い肌に触れるだけで、指先から熱くなっていくようだ。
 潤んだ眼差しを向けられるだけで、体の芯が震える。
 どこもかしこも柔らかなその身体に吸い付きたい。
 甘い声を上げて、己の名前を呼んで欲しい。

 一度頭を擡(もた)げた欲は、どうしようもなく体を燻らせた。


「…ずるい」


 欲の入り混じる灯火が浮かぶ双眸に見つめられると、どうしようもなく体が熱くなる。
 それは蛍も同じだった。

 触れられたいと心が跳ねる。
 求められたいと熱を帯びる。

 抗うように呟きながら、その音色は甘く求めているようだ。
 それが蛍なりの精一杯の抵抗だと知っていて、杏寿郎は笑みを深めた。


「でも…千寿郎くんも、槇寿郎さんも、いるから…流石に、無理、かな…」


 いつもなら身を委ねていた蛍が、今日は違った。
 頬の紅潮は残したまま、やんわりと杏寿郎の胸を押し返す。

 此処は愛しい人の実家なのだ。
 彼の父も弟もいるというのに、そんな所で肌を合わせる訳にはいかない。

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