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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 感情の揺れがそうさせたのか。
 擬態として覆っていたはずの人の目はじんわりと赤みを帯びていた。

 墨汁の底から赤い血が揺らぎ上るような鬼の眼。
 異様であるのに異様ではない。
 惹き付けられるのは蛍の瞳だからだ。


「隠さないでくれ。俺を思って揺らしてくれた、その瞳を」


 本来なら擬態が上手くできていないことを指摘しなければいけないのに。
 それだけ感情を揺さぶる程に思いを向けてくれたのだと悟ると、食い入るように見つめていたくなる。


「だが君は俺の姉や妹ではないし、そうさせるつもりもない。俺を人格者だと言うが生憎思考はそんなに清いものでもない」


 握った手首は離さず、口元に寄せて柔らかな掌に口付ける。
 ぴくりと微かに白い肌が跳ねる。
 その些細な反応だけで己の中の芯が震えた。


「待って杏寿郎。此処、杏寿郎のおうちで」

「だからだ。我が家にいる間は炎柱の煉獄杏寿郎ではなく、ただのこの家の長男だ。…約束しただろう。柱としての俺以外は全て蛍にあげようと」


 手繰り寄せるように掌から腕、腕から肩、肩から頸へ。
 ひとつひとつ反応を味わうように掌を滑らせれば、蛍が身を捩った。
 そわりと肌を震わせて逃げるように身を退く。
 しかしその目は杏寿郎に縫い付けられたように向いたまま。
 抗うだけの力はあるのに杏寿郎の前だとそれは鳴りを潜める。

 いじらしい。
 そんな反応を見ているだけで己の欲は簡単に持ち上がるのだ。

 鬼であることなど関係ない。
 ただただ目の前の存在が欲しいと。
 そんな欲目の自分は人格者でもなければ聖人でもない。


「君だからだ。君が欲しいから、その為なら無謀でも未来を掴みに行こうとできるし、何度だって父上に向き合える」


 うなじの裏に手を差し込んで引き寄せれば、互いの距離は簡単に縮まる。
 意図してこんなにも距離を縮めたのはいつ以来だろうか。
 久しく感じれば感じる程、尚更手放せなくなった。


「今ここで君に触れたい。味わいたいと思っている。いいか?」

「っ…ま、」


 凄まじい鬼の欲を抑え付けて人として生きている蛍だ。
 その意志は時として誰よりも強い。

 返される反応はわかっていた。
 だから止める言葉を全て吐き終える前に、開いたその口を己の口で塞いだ。

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