第19章 徒花と羊の歩み✔
それでも杏寿郎の記憶にしかと残っているもの。
「案ずることはない。俺と蛍も変わらなければ、きっと」
それは何にも変えられはしない。
見つめる先の陽だまりのような、あたたかい時の刻みだ。
「きっと、いつかは」
「……」
息を呑む。
そんな杏寿郎の横顔をまじまじと見つめて。
気付けば両手で自身の顔を覆っていた。
「蛍? どうし」
「はああああ」
「何故溜息をつく」
「溜息違います…」
ぺたりと両手で顔を隠したまま、深く深く吐き出した感情の吐息が盛大な音を立てる。
「無理。泣く」
「どうした急に」
「どうしたもこうしたも…杏寿郎が人格者過ぎて…胸が痛い。眩しい。目が潰れる。泣く」
「凄まじい鬼の異能のようだな…俺にそんな能力はないが」
「煉獄杏寿郎という人間性から放たれる光です…疚しい鬼は消滅します」
「よもや」
触れもせず退治してしまうとは。
無惨も顔負けである。
「自慢の息子ですよ…杏寿郎こそ何処に出しても恥ずかしくない煉獄家の息子です…」
「俺はこんなに若い親を持った覚えはないが?」
「いつだってなるよ杏寿郎が望むなら。家族になりたいって言ったもん。姉でも妹でもお母さ…んにはなれないけど瑠火さんすみません」
「成程。君の感情が激しく回っていることはわかった」
辛い時も多かっただろう。今もその名残は続いている。
それでもここまで真っ直ぐに歪みのない精神を成せるまでに彼はどんな道を歩んできたのだろうか。
幾度闇を呑み込んできたのだろうか。
痛くなる程に胸がいっぱいに詰まって、直視できない程に思いが溢れる。
茶化す言葉に聞こえたとしても、どれも蛍の本音だった。
自分が父であったなら両手で目の前の体を抱きしめ、よく無事で帰ったと帰還を喜びたかった。
「ふむ。君の涙も好きではあるが…一つ、申してもいいか?」
「いいよ我儘でもなんでも。どんとおいで」
「では遠慮なく」
未だ両手で顔を隠したまま母性のような思いを溢れされる蛍に、杏寿郎は手を伸ばした。
「蛍」
顔を覆う白い手に、そっと触れる。
かと思いきや細い手首を握りぐっと力を込めた。
力は緩むことなく、隠すように覆っていた顔から引き離す。