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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 こくこくと頻りに頷く蛍の必死さに、不相応とわかっていつつも笑ってしまう。
 一人で家を守っている千寿郎の為にも、生家では常に明るく努めようと思っていた。
 しかし自然と笑みを引き出してくれるのは、健気な弟だけではない。
 くるくると表情を変えながら新たな発見をさせてくれる、蛍もまたそうなのだ。


「でも相手は元柱だった御人だし…み、見破られたりしないかな」

「確かに鬼には特有の気や圧があるが、蛍そのものが鬼らしくはないからな。少なくとも、父上の知っているそれとは違う。大丈夫だろう」

「だと、いいけど…」

「…不安は尽きぬかもしれないが、俺と蛍の心が変わらなければ父上もきっと認めて下さる。現に今回の報告も、最初こそ否定されたが最後は何も言われなかっただろう?」

「言葉じゃなく拳が言ってたけどね」

「それは俺個人に対しての父上の思いだ。鬼殺隊という理由で渋りはしても、蛍に対して嫌悪はしていなかった。父上の目は、確かに蛍を見ていた」

「そう、かな…名前もまともに呼ばれなかったけど」

「それどころではなかっただけだ。父上にも物事を租借して飲み込む時間は必要だからな。…母上にそうだったように、他者を愛する想いがとても大きな人だ。故に時間はかかるかもしれないが、一度認めて下さったならその愛は尽きることはないと俺は思う」

「…それは…」


 息子達に対する愛も、ひとえに同じなのだろうか。そう問いかけて、口にしていいものかと言い淀む。
 そんな蛍の心が読み取れているかのように、杏寿郎は優しく笑った。


「その大きさ故に、今は母上への想いを吐き出すことに時間をかけなければいけない時期なのだろう。俺達が変わらずにいれば、いずれその目はまた俺や千寿郎を映してくれるはずだ」


 柔らかな光を差した双眸が、襖を抜け広い庭へと向く。

 生まれた時からこの家で育った。
 玄関口に畳部屋、縁側に台所、屋根裏や庭。
 懐かしい風景の何処を見ても、思い出すのは家族と過ごした時間。
 剣技を学び、学問を身に付け、新たな弟という命の芽吹きに喜び、折々の季節を祝い過ごした。

 柱であった父の影響で、血や死とも間近に触れ合ってきた。
 共に笑い合えた時間も、決して長くはなかった。

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