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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第5章 柱《弐》✔



 余りにも迷いのない答えに、ほっと蛍の口から吐息が溢れる。


「…そう」


 僅かに視線を下げて、頷くように相槌を打つ。
 その表情には安堵のようなものが見えた。
 僅かに綻ばせたのは口元だけで、笑顔と呼ぶかもわからない代物だ。
 それでも口枷を外した蛍がまともに笑ったところを天元が見たのは初めてだった。


「…生憎、掟で嫁は三人と決まってる。俺は抜け忍だが、女房達との絆まで断ち切った訳じゃねぇ。だからお前は迎え入れられねぇんだ、悪ィな」

「…は?」

「愛玩用としてなら可愛がってやるから安心しろ」

「は??」

「娶られたかったんだろ? 俺の愛が欲しかっ」

「そんなこと一欠片も頼んでません」


 互いにそういう相性なのか、どうにもこの男と話すとすぐに内容がずれる。
 ぽむぽむと頭を撫でられ、堪らずジト目で見上げて抗議する。
 不自由な体に改めて蛍は不満を募らせた。


「もうあの、私のことは放っておいていいんで…さっさと奥さん達のいる所に帰りやがれ下さい」

「マジムカつく言い方すんのなお前は」

「お帰りくたばれ下さい」

「もっぺん殴るぞコラ」


 いくら鬼とて、何度も柱の拳骨を喰らっていては堪らない。
 自らごとんと天元の膝から頭を落とすと、這いずる芋虫のようにして蛍は背を向けた。


「帰らないなら、私が、出てく…っ」

「おいおい無茶すんな。その体で何処に行くってんだよ」

「杏寿郎の、ところっ」

「他の男の名前上げんな」


 その名を口にすれば、本当に彼に会いたくなった。
 このすぐに暴力を振るう男より、訓練は地獄だが温かい太陽のような彼の傍の方が俄然心地良い。


「だから聞けって。そんな体で動き回んな、ただでさえ治りが遅いってのに」

「! ちょっと、」

「お前のことは俺が看るって煉獄にも言ってんだよ。怒られんだろーが」


 ひょいと呆気なく抱き上げられて、再びその腕に捕まってしまう。
 傷口が開く可能性も考えると暴れさせられないと思われたのか、半ば拘束するように抱き込まれてしまった。


「大体、此処は煉獄の屋敷だぞ。戻らなくたってあいつは此処にいる」

「え?」


 思いも掛けない言葉に、尚も藻掻こうとしていた蛍の動きが止まる。

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