第5章 柱《弐》✔
むんずと今度は蛍の後ろの襟首を掴み、易々と仔猫のように持ち上げ顔の前に持ってくる。
「忍ってのは一夫多妻が基本なんだよ。俺の家系も十五になれば三人の嫁を持つ。一族の繁栄の為に、より相性の良い女を長が選んでな」
「…忍者はやめたんじゃなかったの…」
「ああ、やめた。俺の優先順位は一に嫁、二に堅気、三に俺だ。それも通していけない世界じゃ、嫁を娶ったって仕方ねぇだろ」
「…お嫁さん達も、忍者なの?」
「"元"な。俺の意志を受け入れてついて来てくれた、全員自慢の女房だ」
囚われた猫のように大人しく変わる蛍の態度は、先程と違っていた。
てっきりハーレムを作って男の性を楽しんでいるかと思いきや、それは天元が抜け出した忍の掟で定められたものだと言う。
忍の世界がどんなものか、蛍にとっては未知の世界だ。
しかし選ばされた妻を複数娶り、繁栄の為にと関係を築かなければいけないのならば、そこに自由などはないだろう。
浮世離れした世界にも思うが、それが天元にとっての現実だったのだ。
「……」
「なんだ、急に大人しくなりやがって」
「…持ち上げないで下さい…内臓が零れ落ちそう」
「冗談にならないこと言うんじゃねぇよ」
再び寝かされた天元の膝の上で、今一度その男を見上げる。
忍の掟を破るが為にその世界を飛び出したと言うのに、娶った妻達を語る彼の顔は生き生きとしていた。
「お嫁さん達の中にも、優先順位はあるの?」
「まさか。一人だって欠けられねぇし、他で埋められもしねぇ」
「…長って人に選ばれた、相手なのに?」
「それを言ったら女房達もだろ。勝手に決められた男に嫁がされて、そいつの子を孕めなんて。男より何百倍も分が悪い」
天元の言う通りだろう。
いつだってその体に何かを背負わされるのは、女なのだ。
「……」
「どうしたよ? だんまり決め込んで」
「…愛して、いる?」
「あ?」
「その、奥さん達のこと。ちゃんと、愛している?」
まるで縋るような目だった。
乞うように問い掛ける蛍に、天元の目が僅かに見開く。
それもほんの一瞬のこと。
すぐにニィと口元を上げて、愚問だと笑った。
「誰よりも派手にな!」