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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



 可愛いと告げる声はまだ明るいものだったが、心配そうな瞳は変わらず。


「此処から槇寿郎さんの部屋まで、少し距離あるよね…千寿郎くんの声、聞こえるかな」

「気にかけてくれるのはあり難いが、そう心配する程でもないぞ。剣士になれずとも、常に己を研磨し鍛えている子だ。見た目よりもずっと強い」

「相手が元柱でも?」

「…む。」


 和室部屋の奥。陽の光が当たらない場所で、蛍は瞳に尚影を落とした。
 見つめる先は、千寿郎が消えていった廊下の角。


「杏寿郎や千寿郎くんには、ここでの世界があって。槇寿郎さんにも槇寿郎さんの世界があって。私がとやかく口を挟むことじゃないけど……一方的なのは、あんまり、よくないと思うな…」


 槇寿郎の重く冷たい拳を喰らっても、毅然と明るくいられるのは杏寿郎だからだ。
 その意志と精神力の強さは知っている。

 比べて千寿郎はどうか。
 もしあの重たい拳を受けてしまえば、小柄な体は簡単に吹き飛ぶだろう。
 蛍の知らない強さを千寿郎が持っていたとしても、元柱と剣士としての才能を持てなかった少年とでは歴然の差がある。

 この世は弱肉強食。強いものが弱いものを食らう。
 人間の時は力で捻じ伏せられ、女としての非力さを痛感してきた蛍も、理解している世界だ。

 だからこそ、あってはならないと思うのだ。
 その痛みを実父に与えられることなど。


「…やっぱり私、見て来ようかな」

「待て待て」


 そわそわと再び落ち着かなく立とうとする蛍の肩を、杏寿郎の手が止める。


「千寿郎なら大丈夫だ。言っただろう、父上の扱いは俺より長けている」

「でも…」

「それに俺が千寿郎の立場だったなら、蛍は見送ってくれただろう?」

「…まぁ。うん」

「それは俺を信じてくれているからだ。千寿郎のことも、同じく信じてくれると嬉しいんだが」


 苦笑しながらやんわりと頼み込む杏寿郎に、蛍は口を噤んだ。
 理解の為の一歩が、相手への信頼であることは確かだ。


「…じゃあ待つ」


 大人しくぽすりと再び座布団に尻を落とす蛍に、安堵も交えて杏寿郎は息をついた。
 あの場で拳を喰らったのは己の過ちだが、蛍にも強烈な印象を与えてしまった。

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