第19章 徒花と羊の歩み✔
「俺は、今回のことで父上との距離を一歩縮められたと思っている。蛍のお陰だ」
「…思いっきり顔面殴られたのに?」
「男は拳と拳で時に語り合うものだ!」
「あれは拳の会話というかまんま暴挙というか…あんまり大きく口を開けて話さなくていいよ。顔、痛いでしょ」
「大丈夫だ。見た目より痛みはないからな」
心配そうに頬に大きく張られた湿布を伺う蛍に、返す杏寿郎の瞳は優しい。
そんな二人の空気にどことなく気恥ずかしさを感じて、千寿郎は救急箱を閉じ腰を上げた。
「では、私は父上の所に行ってきますね」
「え? なんで槇寿郎さんの所に行くのっ? 危ない!」
「わっ」
杏寿郎を心配していたかと思えば、槇寿郎の下へと向かおうとする千寿郎に蛍は血相を変える。
たちまちに、がしりと小さな両肩を掴んだ。
「今行ったら千寿郎くんまで暴挙に合うかも…! 危険! やめよう! てかなんで行くのっ?」
「こ、零したお酒の片付けに…」
「それなら私が行くから!」
「っそれはいけません!」
「うむ。流石に客人である蛍にそんなことは頼めないな。俺が行っても父上の機嫌をまた損ねる可能性がある。…千寿郎、悪いが頼めるか?」
「はい」
「でも…こんな小さな子に」
「幼くとも、千寿郎も煉獄家の男だ。寧ろ父上の扱いは俺より長けている」
杏寿郎に手首を握られては、蛍も小さな肩を離すしかない。
槇寿郎の激昂に慣れていない者が、不安になるのも致し方ない。
そわそわと不安げに見てくる蛍を見返して、千寿郎は怯える様子なく告げた。
「父上の機嫌が悪いのはいつものことですし。大丈夫です、すぐに戻って来ますから」
「すぐ、だよ。もし何かされそうになったら声を上げていいからね?」
余りに不安がる蛍を目に、くすりと千寿郎の口元が笑みを零す。
「はい、わかりました」
控えめでありながら、柔らかな優しい笑顔は杏寿郎とはまた違う。
胸にほんのりと小さな温かみを感じながら、蛍はぴょこぴょこと跳ねる焔色の髪の尾を見送った。
「千寿郎くん…やっぱり可愛い」
「…そこか?」
「可愛いは正義です。守るべきものです」
「ふ、む? 成程」