第19章 徒花と羊の歩み✔
──────────
「これで大丈夫かと…兄上、沁みていませんか?」
「うむ、大丈夫だ! ありがとう千寿郎!」
「……」
「いえ。でもまさか父上がそこまで憤怒されるなんて…」
「俺が悪いのだ。少し、言い過ぎてしまってな」
「……」
「と、言いますと?」
「母上のことを、思い起こさせてしまった」
「……」
「…そうだったんですね…」
「だから蛍も気に病むことは…凄いなその顔!」
千寿郎の手により、左頬に腫れを抑える軟膏を塗り湿布も貼り付けられた。
一通り手当てを終えた杏寿郎が、先程から沈黙していた蛍を見て目を瞬く。
心配そうな面持ちの千寿郎と、変わらない笑顔を浮かべている杏寿郎とは、全く異なる。
二人の会話を黙って聞いていた蛍は、眉間に皺を寄せ頬を膨らませ口をへの字に曲げていた。
ぶっすぅと音が付きそうな程の仏頂面である。
「あ、兄上っ女性に凄い顔などと言ってはいけませんっ」
「それは失礼した! だが千寿郎、俺は蛍の顔が不細工などとは思っていないぞ!」
「え、いや、私もそこまで」
「見たことのない顔だったからな! 驚いたが、新鮮だからもっと見ていたいと思う!」
「そ、そういう問題ですか?」
斜め上へと走る会話に、未だ仏頂面の蛍はようやく口を開いた。
かと思えば、小さな声でぼそりと呟く。
「杏寿郎。千寿郎くん。ごめんなさい」
「む?」
「え?」
「私、槇寿郎さんのことき…らいじゃないけど、好きになれな…くもないけど…うぅぅん…」
(…葛藤しているな)
(葛藤ですね…)
辛うじて嫌うことは避けたが、簡単に好きにもなれそうにない。
出会う前は嫌われやしないかとそればかり心配していたが、部屋を出る時には全く別の感情に変わっていた。
頭から息子の話を跳ね付け、気に入らなければ拳を振るう。
いくら相手が柱である杏寿郎でも、殴る相手も元柱であった槇寿郎だ。
ただの親子喧嘩にもならないだろうに。
「瑠火さんのことを凄く愛していることは、わかったけど…だからって息子に手をあげていい訳じゃないもん…」
むすりと唇を尖らせる蛍は、まるで幼子のようだ。
そんな蛍に、ふと杏寿郎は表情を和らげた。