第19章 徒花と羊の歩み✔
そんな槇寿郎に眉尻を下げると、ふ、と杏寿郎は静かな笑みを返した。
「ありがとうございます。父上のお心遣い、身に染みました」
「心遣いだと…何を、馬鹿なことを…ッ」
「ですが遅かれ早かれ、命尽きる時はくる。だから生きとし生けるものは尊いのです。鬼の手であろうとも、長い年月であろうとも。…飢饉や、病魔であろうとも」
ぽつりと落ちる。
杏寿郎の微かな声を槇寿郎は聞き逃さなかった。
カッと見開いた目が杏寿郎を睨み付ける。
掴んでいた酒壺を手放した衝動で、中の酒がばしゃりと畳に広がった。
透明な液体が畳に沁み込む前に、槇寿郎の足は強く踏み出していた。
ズダン、と裸足で蹴られた畳が悲鳴を上げる。
振り被られる拳。
殴り掛かろうとする槇寿郎に、蛍が反射的に飛び出した。
「──!」
否、飛び出そうとした。
止めたのは、片手で蛍を制した杏寿郎。
その目は真っ直ぐに槇寿郎を見つめたままだ。
時間にして一秒もかかってはいない。
「杏寿郎…!」
蛍の声が引き攣る。
がつん、と。骨を軋ませるような鈍い音を立てて、大きな拳は杏寿郎の頬を殴り飛ばした。