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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第19章 徒花と羊の歩み✔



「何処に出しても恥ずかしくはない、俺の自慢の継子です」


 声に威勢はない。
 それでも凛と響く声色には、杏寿郎の強い意志が練り込まれているようだった。

 胸を打つその言葉に、今度は蛍が言葉を失う。
 言葉にならない感情がこみ上げて、膝の上で握っていた拳を胸に当てた。
 憤りで膨れ上がっていた先程の感情は、嘘のように消え去っていた。

 たったひとつ、彼の言葉を聞いただけで。


「そして、」


 そこで杏寿郎の言葉は止まらなかった。
 再び金輪の双眸が、優しく蛍を映し出す。


「人生を共に歩みたい、大切な女性(ひと)でもあります」


「…え」

「…は?」


 一呼吸の間を置いて、蛍と槇寿郎の声が重なる。
 その目はどちらも杏寿郎を凝視していた。

 今、彼はなんと言ったか。


「俺は彼女───彩千代蛍さんを、己の伴侶として迎え入れたい。そう考えている次第です」


 真っ直ぐに貫くような双眸で、迷い無き清閑な声で、腰を据えた姿勢で、杏寿郎は父に告げた。
 生家に蛍を連れて行こうと決めた時、いずれ必ずと胸に誓ったことを。


「…本気で言っているのか…嫁を娶ることなど興味を示していなかった、お前が」

「夫婦(めおと)となることに興味を抱いていなかったのは本当です。いずれはと思っていましたが、まだ自分には先のことだと。…しかし彼女と出会いました。このひとを俺の全てを賭けて守りたい。このひとの見る未来を共に見ていたいと、望んだのです」

「…杏、寿郎…」

「…すまない。早急過ぎたか…?」


 杏寿郎の家族になりたいと本気で望んだのだ。
 今此処でそれを否定する理由はない。

 ふるふると頸を横に振り、じんわりと頬を紅潮させる蛍に、真実だと受け取ったのだろう。
 槇寿郎の目色が変わった。


「伴侶なんて好き勝手に作ればいい。だがそれは鬼殺隊外での話だ!」

「…何故ですか?」

「何故も何もあるか! 鬼殺隊とあれば戦争に身を置く者! それと夫婦になるなどと…ッ」

「いつ命を落とすかもわからない。つい先日笑い合った仲間が、今日死んでも可笑しくはない。故に、でしょうか」


 いつかに父から聞いた言葉をなぞる。
 杏寿郎の顔には、既に"答え"が出ていた。

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